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Weps うち明け話
#285
再スタート
 MDPの今季第1号の編集作業がそろそろ一段落しそうだ。ふだんなら、この時間にコラムを更新できる余裕はないが、今回はある意味で時間的な余裕がかなりあったので、いつもほど終盤にきて仕事が詰まった状態ではなかった。
 前にも書いたが、大地震以降、とりあえず3月16日(水)のナビスコ杯清水戦がMDP381号の予定で動き、それが中止になった段階では4月2日(土)の川崎戦に向けて準備し、3月22日になって正式に4月24日(日)がホーム開幕戦に決まった。その段階では29日(金)の仙台戦がホームになる可能性が高く、24日、29日、5月3日(火)と、10日間に3回MDPを出す覚悟と準備をしていた。結局、15日(金)になって仙台戦は予定どおりとなったのだが、それはぞれでまた予定を変更するなど、少し苦労した。

 選手も、3月24日(木)に練習を再開したはいいが、公式戦がなくて練習だけ、というのはけっこう難しい。4月2日から毎週練習試合を入れ、ケガ人以外全員が週に1回は試合をするようにしてリズムは作ったが、やはり公式戦に向けて緊張感を高め、終わったら弛緩し、というサイクルとは違う。選手は苦労しただろう。そして当初の日程では6月下旬から約1か月間のインターバルがあったが、それがなくなったのも思惑が違っただろう。少なくともMDPは、ここで一息入れて後半に備えようと思っていたのだが…。
 だが選手の中でも一番難しい1か月だったのは、鈴木啓太ではなかったか。
 開幕の神戸戦で警告2回の退場。本来なら3月12日のG大阪戦1試合が出場停止になるはずだった。練習もそれに準じて行われ、予想メンバーのボランチのところには青山を入れるか山田を入れるか、はたまた…、と悩んだものだった。
 そして、その状態は結局4月23日まで続くのだ。この1か月間、啓太は練習試合や紅白戦ではレギュラー側ではなく、いわゆるサブ組に入ることが多かった。しかし再開後、1試合の出場停止が終われば、またレギュラーに戻ってチームを仕切るべき選手なのだ。その選手がレギュラー陣の中で試合をする機会が少ない、というのは本人にもチームにも良いことではない。
 その話を本人にぶつけると苦笑いをしていた。自分のモチベーションは上げなければいけないが、再開初戦に臨むチームとしての準備も大事だし…と。キャプテンならではの葛藤だったかもしれない。もちろん監督も悩んだだろう。レギュラー組の練習試合の終盤に少し啓太を出場させたりしていた。
 考えてみれば普通にリーグ戦が1か月あく場合もあるのだから(今季の当初の日程のように)、そのときも同じなのだが、これまでそういう選手がいなかったのだろうか。それとも出場停止の対象となる試合が2回にわたって延びたから、よけいに大変だろうと思ったのだろうか。MDP381号も同じような流れだったから。
 仙台戦以降のメンバーがどうなるか。名古屋戦の内容や結果とも関わってくるだろうし、選手のコンディションにもよって変わってくる。だが、すべての選手がベストコンディションでいて、その上でペトロがチョイスする、という形が良いことは言うまでもない。
 啓太は自分が出ない名古屋戦についても「勝って欲しい」ではなく「勝ちたい」と口に出していた。彼のモチベーションは24日に再開ということだろう。

 いろいろな意味での再スタート。この1か月半が長かったのか短かったのかは一概に言えない。だが「濃い」1か月半だったことは間違いない。
(2011年4月22日)
EXTRA
 最初に思いついたけど、本文に書く勇気がなかった一言。
 リーグの再開はレッズのホームゲームがふさわしい。埼スタで再スタート…。
(2011年4月22日)
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