Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#309
責任を自覚する日
 あ、今日は10月21日か。
 学生時代なら、「10,21国際反戦デー」というビラが電柱や大学の壁にはってあるのを見て覚えた日付だ。
 68年前には、明治神宮外苑競技場で、学徒出陣壮行会が行われた日だが、もちろん見ていたわけではない。
 10年前から、この日は自分の責任を重く感じる日になった。

「はみ出し話#119」に詳しく書いてあるから、2001年10月21日に亡くなった矢島篤史くんのことは、繰り返さない。
 一つだけ言っておけば、先日10月15日のさいたまダービーの日に、北のゴール裏で描かれたビジュアルサポート。あれは、トムこと矢島くんがいつも掲げていた旗のデザインだ。そのことがなくても、見る者をうならせる立派な絵だったと思うが、彼のことを知っているサポーターが、この絵で闘おうと考えたときには、どういう気持ちだっただろうか。
 トムにも一緒に闘って欲しい。
 トムの力を貸して欲しい。
 さいたまダービーで勝つところをトムに見せてやりたい。
 それとも…。

 試合のあと、あのビジュアルの写真をパソコンの背景にした。そして思った。
「なに、やってんの」って言われるだろうな。
 矢島くんだけではない。このコラムに書いただけでも、「#301」の鶴川健さん、「#66」の松尾直輝さん。直接お話したことはなかったが、「#275」の佐藤亜希子さん。
 レッズのことを心に留めながら亡くなった方々は、今のレッズを見て、きっと「なに、やってんの」と言うに違いない。99年なら仕方がない面もある。親会社の経営不振のため補強が不可能だったシーズンで、しかも大事なときに主力に怪我人が続いた。何より、Jクラブになって初めての残留争いで、クラブも選手も対応がうまくできなかったところはある。監督解任だけをとりあえず決めて、1か月間空白だったことなど、その最たるものだった。
 それから、まだ12年しか経っていない。選手はかなり当時と入れ替わったが、クラブスタッフはほとんど残っている。少なくとも99年よりは正解に近い手を早めに打てたはずでしょ、と言われても仕方がない。
 僕はクラブスタッフじゃないから、手は打てないよ、とは言えない。少なくとも一般のサポーターよりはクラブにモノが言える立場にいるのだから。
「第一、あなたは生きてるじゃないか」
 そう言われそうだ。
 生きて、闘っている(つもりの)人間しかできないことがある。亡くなった方々の分まで。
 知り合いのサポーターが亡くなるたびに、自分の責任が重くなっていくような気になるのは、そう考えるからだ。

 あと5試合、追う立場となって思い切りやるしかない。

 鶴川さんとのお別れ会が、今年中にあるはずだが、そのときに、鶴川さんに「なに、やってたんですか」と言われないようにしたい。
(2011年10月21日)
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