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Weps うち明け話
#312
韮崎での感動
 韮崎というと、山梨県では甲府よりサッカーのイメージが強いのは、もちろん韮崎高校の存在からだろう。僕が浦和に住み始めて初めての全国高校サッカー選手権の決勝が武南高校対韮崎高校だったので、なおさらだ。
 彼の地を訪れたのは今回が初めて。昨日11月13日(日)、韮崎中央公園陸上競技場で行われた、高円宮杯第23回全日本ユース(U−15)選手権関東予選のブロック決勝に行ってきた。
 夏の日本クラブユース選手権(U−15)を関東予選で敗退したレッズジュニアユースにとっては、もう1つの全国大会、高円宮杯出場は悲願だった。それが達成できたことは本当に良かった。

 だがブロック決勝の相手、川崎フロンターレU−15にとっても、その事情は全く同じで、同チームも日本クラブユース選手権は関東予選で敗退。高円宮杯出場は何としても勝ち取りたかったはずだ。レッズに2点先行された試合を1点差に追い上げ、あと一歩のところで全国出場を逃がした。100かゼロか。そういう結果が出る世界だから仕方がないが、中学3年生にとっては最後の機会だったのだから、指導者、選手、選手の保護者の気持ちはよくわかる。

 よくわかる、などと書いているが、昨日試合が終わった瞬間は、相手の気持ちを思いやる余裕などなかった。ピッチ、ベンチ、スタンドなど、喜びの表情を撮影していたからでもあるが、何より自分自身がうれしさ全開だったからだ。
 50歳を過ぎた僕を、落ち着かせてくれたのは、レッズの10番をつけた選手だった。
 清川大輝(ひろき)。
 今季、チームのエースとして活躍してきた彼は、夏すぎから怪我のため戦列を離れ、復帰してからもベンチスタートが続いていた。それでも途中出場すると必ずと言っていいほど得点に絡んでいて、さすが、と思わせてくれていた。この日も後半開始から出場すると、相手に握られていた主導権を取り戻し、先制点をアシストした。
 それだけなら、ジュニアユースに毎年必ずいる「将来が楽しみな選手」の1人というだけだったかもしれない。だが清川は、試合終了の笛が鳴ると、チームメートの歓喜の輪に加わることなく、力尽きて倒れている川崎のDFに手を差し伸べたのだ。何か一言二言、声をかけ、相手がまだ起き上がれないことを悟ると、今度はセンターサークルに向かおうとする川崎のGKに歩み寄り、背中に手を回して同じ歩調で一緒に中央まで戻った。
 驕りなど微塵も感じられなかった。ノーサイドの精神を行動で示した15歳に感動させられた数秒間だった。
(2011年11月14日)
EXTRA
 そうか。今日はアジア制覇記念日だ。レッズのACL優勝は本当にクラブとサポーターとチームが三位一体となって勝ち取ったものだが、どうしても1人だけ立役者を挙げよ、と言われればロブソン・ポンテを選ぶ。戦いにくいアウェイ戦で貴重なゴールを数多く決めてくれただけでなく、アジアでの初舞台を踏む日本人チームメートを鼓舞してくれた彼がいなかったら、Jリーグ勢で初めてのFCWC出場という栄誉はレッズに与えられなかっただろう。
 そのロビーもまた、試合後に相手をたたえるシーンを何度も見せてくれたと思う。
 でも、そういう場面で最も古い記憶は、95年11月8日の駒場スタジアム。Jリーグのレッズ対マリノス戦だ。2−2のPK戦は、両チームとも4人目まで外さず、先蹴りのマリノスは5人目がGK土田尚史の正面に蹴ってしまい、失敗。レッズは5人目のウーベ・バインがきっちりと決めて試合を制した。待機していた選手たちが土田の方へ駆け寄る。だが、ウーベはそのままマリノスのGK川口能活のところに歩み寄り、「お前はよくやったよ」と言うような仕種をしたのだった。
(2011年11月14日)
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