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Weps うち明け話
#314
2011シーズンとは・その1
 考えをまとめようと思っていたら、月曜日に「2011シーズンの総括」なるものが出て、しかも次期監督として交渉を進めていた(らしい)西野朗さんから断られたという情報。なかなか考えがまとまらないうちに、ミハイロ・ペトロヴィッチの監督就任が発表された。原口の謹慎処分も含め、状況の変化がめまぐるしいこの頃だ。
 とりあえず、ずっと思っていたことから書こう。


1.消えた言葉

 2008年12月25日にオフィシャルサイトに載った「2008シーズンについて」の最後にこうある。

『クラブは2009シーズンに向け、本当の意味で強くて魅力あるチームをつくり、地域やファン・サポーターの皆様に愛されるクラブとするための「変革」に着手しています。レッズが長期的に目指すべきサッカーを示す「哲学(レッズスタイル)」を構築し、それを土台にして、組織づくりや指導者の選定を進めています。レッズスタイル(本当の意味で強くて魅力あるチーム。人もボールも動き夢のあるフットボール)を追求するため、チームとクラブが連携を深めながらこの「共同作業」を進めます。』 

「レッズスタイル」の後に( )で「本当の意味で強くて魅力あるチーム。人もボールも動き夢のあるフットボール」としているのだから、この時点でクラブが目指す「レッズスタイル」とはそういうものだったと判断できる。しかし、昨年の終盤、フィンケ監督の解任が決まってから1年間、この「人もボールも動き夢のあるフットボール」という言葉には、お目にかかっていない気がするのだが、僕の見落としだろうか。
「本当の意味で強くて魅力あるチーム。人もボールも動き夢のあるフットボール」というフレーズの中で、少しでもサッカーの匂いがする部分はここだけで、あとの部分は特にスタイルを示すものではない。その「人もボールも動き」という言葉がなくなったのは、どうしてだろうか。もしかして、当時の代表だった藤口光紀さんの発想であり、クラブとして目指すものではなかったということか。そうでないなら、まずは「人もボールも動き夢のあるフットボール」はどこへ行ったのか、その総括を聞きたい。
 でないと「浦和レッズというクラブは、代表が替わったら、前代表時代にした宣言は説明なく反故になることがあります」ということになってしまう。2002年初めに「オフト監督で3年かけて強いチームを作る」と宣言し、その年のうちに「3年も待てない2年だ」と変わり、さらに2年目の途中で監督解任を決めたときも、きっかけは代表の交代だった。2回同じことがあったら、それは「体質」と言われても仕方がない。

 そんな古い証文の言葉尻をつかむなよ、と言う人もいるだろうが、僕は執念深い。しつこい。特に言葉にはこだわりたい。


2.継続しようとしたもの

   2011シーズンを迎えるにあたり、クラブは2010年12月28日付のオフィシャルサイト「2010シーズン終了にあたっての総括」でこう述べている。

  『2年間の取り組みで、チームの戦術的なスタイルは大きく変化しました。ボールをしっかりとつないで、ゲームを支配できるようになってきました。若い選手を積極的に起用し、戦力を底上げすることができました。多くのアカデミーセンター出身選手がピッチに立つ等レッズで育った若手選手がトップチームで活躍するメカニズムが働いています。チームのベースとしての方向性を確立することができ、レッズスタイル構築の「第1ステージ」はいくつもの成果をもたらしました。
(略)
この2年間は改革につきものの厳しさを伴うものでしたが、「レッズらしいサッカー」を構築するためのベースを作る等フィンケ監督のもとで多くの功績がありました。一方で課題・反省点もはっきりしました。2011シーズンの体制については、これまでの試合の結果だけではなく、新しいスタイルの浸透度合いや課題・反省点に着目して判断しました。今後どの程度成果が上乗せできるのかという視点でも検討しました。その結果、クラブ方針を継続した上で、2011シーズンは新体制で臨むこととしました。』

 つまり、2年間のフィンケ体制で、いろいろ問題もあったけれど(略したところ)、ボールをつなぐというチーム戦術のベースは浸透してきた。しかし、成績は良くなかったので、指導者を替える、ということだった。その際に、橋本光夫代表は「サッカーのスタイルは継続します」と強調していた。
 100人がそう聞けば95人は、「2年間やってきた、選手がよく動いてパスをつなぎながら試合を支配するサッカーを進めながら、足りなかった決定力を上げていくのだな」と思うだろう。僕もそう理解していた。ゼリコ・ペトロヴィッチがそういうサッカーを志向しているのかどうか情報がなかったが、そこはクラブが感触をつかんでいるのだろう、と。理解ではなく誤解だったのだが。

 そして翌年1月13日の「2011シーズンに向けた方針について」では、こうなっている。

『チームの闘い方
(略)具体的には特に下記の項目に留意します。
1)これまでの取り組みを継続し、主導権(イニシアチブ)を取り、攻撃的でアグレッシブなゲームとなることを目指します
2)フェアプレーを追求し、汚いプレーをなくすことを目指します
3)目指すべきプレースタイルの確立に努めると同時に、ゲーム終了まで執念を持って勝利を追求する意志のあるチームにすることを約束します。鋭いカウンターやサイドからの正確なクロスによる攻撃、セットプレーからの得点を含むゴール数の増加、相手チームや気候の変化に対応した戦術等も進化させ、そのうえで、「ホームゲームで勝つこと」「最後まであきらめない気持ち」を大切にします。』

「これまでの取り組みを継続し」という表現を見れば、誤解は続いてしまう。また「目指すべきプレースタイルの確立に努める」とあるのも、前年までのサッカーを頭に思い浮かべてしまうだろう。
 しかし、プレシーズンマッチで見せたペトロのサッカーは、そうではなかった。左サイドの原口は、中心線より右に行くことはほとんどなく、ボランチの啓太が相手の最終ラインの裏に抜け出すこともなかった。できるだけ自分のポジションを崩さず、特に攻撃ではサイドで1対1を作って個人の力で勝負する、ということを基本としていた。
 それを指摘されると、クラブは「主導権(イニシアチブ)を取り、攻撃的でアグレッシブに試合を進める、ということでは何ら変わっていない」と述べた。
 なんだ、そうだったのか(頭ポリポリ)、とはならない。口あんぐり、だった。
 2010年の末に発せられた「継続」という言葉が、「主導権(イニシアチブ)を取り、攻撃的でアグレッシブに試合を進める」を指すのだと思っていた人は何人いただろうか。そう推察できなかった僕が大未熟だったのだろうか。そしてクラブは、みんなが「継続」という言葉をどう受け止めていたか、わからなかったのだろうか。

 この部分での疑問は今でも残る。ギモンというのは、だいぶオブラートに包んだ言い方だ。人によっては、ギマンと受け止めているだろう。総括するなら、一番はっきりして欲しかったところだ。なぜなら、このためにクラブに対する不信を募らせたファン・サポーターも少なくないからだ。

(2011年12月15日)
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