Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#361
感謝
 取材メディアが多い試合というのは大変だ。ペン記者はスタンドの記者席からあふれて机のない一般席に座らざるを得ないし、ミックスゾーンでは選手が二重三重に取り囲まれて、ロクに話が聞こえなかったりする。それでも埼スタのようなワールドカップ仕様のスタジアムなら、記者席は十分用意されているから(記者席が超満杯だとwonderシートに回す余地がなくなる)、試合中のペン記者はまだ大丈夫だろう。

 だがピッチ周りは、スタジアムの大小にかかわらず大きさが決まっているから、カメラマンが撮影場所にできるスペースは限られている。さらに撮る目的によって適した場所もあるから、撮影スペースならどこでもいいというわけではない。
 ゴールシーンが欲しいのに、レッズの攻撃を後ろから撮っていては、なかなか目的が果たせない。しかし、同じゴールシーンでも、選手がシュートした場面でなく、その後の喜びのシーンなら、ゴール裏にいなくても撮れる。特にゴールした後、選手によっては後ろを向くことが多いから、タッチライン沿いにいた方が良いこともある。
 シュートした場所や、そのときの身体の向きによって、どっちへ走るかわからないから、ゴール後の選手の表情を正面から撮れるかどうかは、運が左右する。以前、ポポに「ゴールしたら俺の方へ来いよ」「わかった」という会話をした記憶があるが、3−0の3点目とかでないとゴールの後は、そんな余裕がないだろう。思わずバック宙しちゃうほどなんだから。

 その“運”を最も感じた試合だった。
 雨模様で撮影には不向きなコンディションだったが、それよりもカメラマンの多さで難しさを感じた。
 93年、94年のJリーグでは、アウェイに行くとレッズが攻める側のゴール裏には3〜4人、反対側に10数人というカメラマンの分布だったので、好きな場所に陣取れた。
 しかし、その試合にはカメラマンがぎっしりで、前半こそ早めに場所を押さえたので、まずまずの位置で撮れたが、エンドが替わる後半は無理だった。ようやくスペースを見つけたのは、メーン側のコーナーフラッグに近い位置だった。いつもの場所からだいぶ外側だったが、ぜいたくは言えなかった。
 しかも、そこはベストポジションだったのだ。

 後半11分、左サイド―バックスタンド寄りでボールを受けてドリブルを始めた彼は軽快なステップでDFをかわすと、エリア外から強烈なシュートを放ちネットを揺らした。
 大歓声の中、そのままの勢いでメーン側に走り、ゴールライン付近の芝に両膝で芝に滑り込んだ。至福の表情で両手を広げたその姿は、ものすごく大きく見えた。
 あの田中達也の小さな身体が。

 2003年11月3日、ヤマザキナビスコカップ決勝。2−0から勝利を決定的にする3点目だった。そして、このゴールが、試合後のMVP受賞も決定づけたに違いない。
 シュートの瞬間は、望遠レンズから持ち替えていて撮れなかった。だが、その後、達也は僕の方へまっしぐらに走って来て、僕の目の前で滑り込んだのだ。ふだんなら決していなかったはずの場所だった。ゴール直後の喜びの表情から、最後に両手を天に突き上げて立ち上がるところまでの一連の様子を正面から撮れた。
 これまでに自分の撮った写真で一番好きなものを出せと言われたら、おそらくこの写真を出す。少なくとも今は達也のこの写真以外は頭に浮かばない。



 決してうまい写真だとは思わない。完全にポジションとシチュエーションと、何よりも被写体に恵まれた写真だ。MDPを作るためだけに写真を撮り始めた僕に、こんな写真を撮れるチャンスを与えてくれた達也に感謝している。

 多くのレッズサポーターがいま、あらためて田中達也という選手に感謝しているのと同じように。
(2012年11月21日)
EXTRA
 達也の契約が今季で終了と聞いて、真っ先に浮かんだのがこの写真を撮った2003年11月3日だった。
 Jリーグの試合写真は、許可された媒体以外、インターネットサイトに載せてはいけないことになっている。なので、その写真を表紙にしたMDPを載せることにする。今季、20周年の記念タペストリーや、コカ・コーラの新デザイン缶のモデルにもしてもらって、感無量だ。コカ・コーラ缶は無料ではなく120円だが。


(2012年11月21日)
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