Presented by 埼玉縣信用金庫
Weps うち明け話
#364
幸せの重奏
 試合中、携帯サイトを見ている余裕はなかった。だから何位になったかはわからない。ただ、勝ったこと。名古屋グランパスに2−0で勝ったこと。6年ぶりに最終節で勝ったこと。サガン鳥栖に完敗した後の試合で勝ったこと。51,879人の前で勝ったこと。それを喜んでいた。
 一呼吸おいて、場内放送の朝井夏海さんの明るい声。もう、それで察しがついた。04年11月20日、レッズは負けたけど、ガンバ大阪も横浜F・マリノスに負けて、レッズのステージ優勝が決まった、それをアナウンスで知らせてくれた、あのときと同じトーンだった。

 ACLかあ。
 新しいレギュレーションになって初めての出場。日本のクラブは新レギュレーションの下で、まだどこも決勝に進んでいない。今季のチームのままではACLと国内大会を並行して戦い、勝つのは簡単ではない。チームの強化だけではなく、ACLを戦うのにクラブとしてやるべきことが山ほどあるはずだ。個人的にも来季、MDPを作る体制が心配だ。
 だが、天皇杯優勝での出場より、1か月早く決まったことを無駄にせず、しっかり準備しなければならない。え?天皇杯?レッズが天皇杯で優勝したら、どこかが繰り上げ出場になるのか。どこが4位になったのかわからないが、そこはレッズの天皇杯優勝を願うのだろうか。あ、マリノス。マリノスだったら次に当たるから、レッズの優勝を願うはずはないな。

 そんなことを考えている間に、選手が場内一周の準備をしている。
 今回の自分に与えられたリクエストは、選手全員を撮るというものだったので、移動式定点撮影方式にした。1か所に留まって、選手が歩いて行く様子を撮り、全員が通りすぎたら先頭まで走り、また同じことをする。ときどき子どもを連れた選手に頼まれて記念撮影をする。バックスタンドに下がっている「PRIDE of URAWA」の旗が、ピッタりのバックになった。

 達也がバックスタンド前から北のゴール裏へ向かうと、スタンドに絵が浮き上がった。キター!
「何?あの絵」「ほら、ナビスコの決勝のとき、ゴールの後でああやってたじゃないか」
 答えているのは坪井の声だったと思う。ああ、わかってくれたか。03年にいなかった選手には解説が必要かもしれない。

 北のゴール裏で選手が止まった。ポポと達也がマイクで挨拶をする。聞き入ってしまうと涙が出そうになるので、意識して聞かないようにした。だが周りの選手にカメラを向けると多くが泣いており、それを見るともっとヤバかった。特に若い選手はみんなボロボロだった。直輝や岡本は、最初に歩き出したときから目が潤んでいた。
 メーンスタンドに戻ってきて、スタッフや家族を含めた全員で集合写真、その後は「We are Diamonds」の合唱、達也とポポを背番号の数だけ胴上げ…。
 何がどれだけ続いても構わなかったが、そろそろ終わり。最後に達也と家族4人の写真を頼まれていたので、並んでもらう。バックは? 最後は北のゴール裏がいいか。シャッターを切っていると、また03年の絵が浮かび上がった。締めくくりにふさわしい光景だった。

 幸せな1日だった。
 いろいろなことが良い方に回り、幸せが幾重にもなった感じだ。
 達也との別れを幸せとは言えないが、それを勝利で送り出せたのは幸せだ。
 ある選手とのお別れセレモニーをサポーターがやった試合で勝ったのは、実は珍しい。01年7月14日の小野伸二以来か。

 うれしいことは、毎日1つずつ訪れる方がいいのかもしれない。
 だが一つの勝利にまつわる喜びだから、いっぺんに来るしかなく、まさに超がつくメガトン級に幸せな気分だった。5日経った今でも、まだ余韻は続いている。
 おかげで、たまった仕事がなかなか片付かないのだが。
(2012年12月5日)
EXTRA
 最終節のマッチデーカードも03年ナビスコ杯の達也。あの写真をマッチデーカードにするには、クラブの決断とパートナーの理解が不可欠だったのだが、サポーターのビジュアルと一致したのはまったくの偶然だった。
 ビジュアルを企画したロッソ・ビアンコ・ネロのデザイナー、関根秀星さんは「入場してマッチデーカードを見て、やった!と思いました。シルエットだけじゃ気が付かない人もいたと思うんで、ありがたかったです」と言う。
 一致したのは偶然でも、田中達也という選手の象徴という点では必然だったのだろう。
 最後にビニールシートを上げるよう北ゴール裏のサポーターに呼びかけた清水博弥さんは、達也たち家族を撮るカメラマンの角度を見て、ここはもう一度やるしかない、と思ったらしい。おかげで田中家に素晴らしい写真を贈ることができた。

(2012年12月5日)
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