Weps うち明け話 文:清尾 淳

#939

12月9日(土)

 いよいよ試合日。
 その前にADをもらえるかどうか、という不安も抱えながら午前中、ホテルで過ごしていると浦和から電話がかかってきた。UAEに来ているサポーターが空港でバッグを開けて荷物チェックを受けた際に、試合のチケットが紛失してしまったという。自宅にあるデータをプリントして持っていけばいいそうだが、その手段がないということで、僕のパソコンに送ってもらって僕のホテルのビジネスセンターでプリントし、ここまで来てもらって無事渡せた。日本のコンビニでプリントするとフルカラーで1枚50円だから4枚で200円。しかしUAEでは20ディルハムだから、げ、600円。タクシーの金額などと比べるとけっこう高い。お礼にと缶ビールを提示されたが、せっかくの禁酒中なので断った。
 サウジの5日間に続いて、今回も禁酒は続いている。今日で4日目。今回は部屋の冷蔵庫にビールやウィスキーが入っているので誘惑されるかと思ったが、全く問題ない。たぶん、目の前に美味しそうな料理が出されたら揺らぐだろうが、酒を見て手が出るほどではないのだ。

 レッズの試合は20時半から。パチューカvsウィダード・カサブランカが17時から。第1試合の2時間前に記者席やミックスゾーンへの立ち入り許可証が発給されるから、14時にホテルを出た。他の3人はメディアセンターへ直行。僕はADセンターへ行き、3度目のチャレンジ。「あなたを覚えているよ」と係員に言われた。それはありがとう。「昨日2回も来て、NGだった日本人がいたぜ」とか言って、酒の肴にしてたのか。いや、酒はないか。
 係員に覚えていてもらっても、地元警察はまだ許してくれていなかった。今回、係員は少し悲しそうな顔をして「まだだ」とパスポートを僕に返した。
 まあ半分、予感もしていたさ。近藤カメラマンは「だいたい、当日ギリギリになって出るもんなんだ。駄目ってことはないよ」とか言っていたが、例外もある。さてチケットを買いに行こう。
 ゲートに行ってチケット売り場を探していたら、単独で来た友人サポーターとバッタリ。フランクフルト経由で来て、試合が終わったらすぐにそれで帰国するという。カテゴリー3という最安のチケットは売り切れだったので、カテゴリー2を買う。50ディルハム。ワールドカップのチケットって、バカ高いイメージがあるけど、2試合見て1500円なの?

 メディアセンターに行けないのなら席に座って仕事でもするか、と早めに入場。カバンの中にペットボトルの水が入っていたけど、機械に通しても何も反応しなかった。OKなのか。スタンドに入る前にとりあえず周りを歩いてみた。やはり、あまり面白くない。「優勝トロフィーと一緒に写真を撮ろう」みたいなコーナーがあったけど、本物が置いてあるわけではなく、トロフィーが写真に写り込むだけ。少し汗ばみながら一周したけど、他には何もない。グッズ売り場は外周に一軒だけ、十二日町の夜店でももう少し品揃えがいいぞ、という感じだが、値段はFIFAオフィシャルだけあってそこそこ。自分用にTシャツと、来ていないオフィシャルメディアのメンバー用に土産を買った。中にも何か所かあるそうだが、外の方が広いのにな。

 一般スタンドからサッカーを見るのは、いつ以来だろう。たしか去年の秋ぐらいに、デンカSで新潟vs川崎Fを見たし、その前の年ぐらいに金沢vs長崎を見たな。まあ1年に1回ぐらいは、そういう機会もある。来年は大宮でJ2リーグを見る機会が増えるかもしれない。だがレッズ戦となると…。95年5月13日の名古屋戦(国立)が最後だった。最近は記者席で見ているので、ゴール裏でカメラを構えているときほどのギャップは感じないが。
 僕の入った席は、ピッチから見てバックスタンド左側の上段。コーナーフラッグの延長線上のようなエリアだった。レッズサポーターのちょうど対角線側。「レッズ側で」って言ったはずなのにおかしいな。

 周りは…、おそらくモロッコから来たと思われる人たちが多かった。彼らがゴール裏の上段に集まりだしたので、ただでさえまばらだった僕の近くはガラガラになった。
 ウィダードの応援は面白かった。フランスワールドカップのときに見たナイジェリアをちょっと思い出した。試合直前になるとバックスタンドの中央は本当に閑散としてきたので、そっちへ移動した。ブロック指定ではなく座席指定だが、見るなら真ん中に近い方がいい。この時間から、ここに来る人はいないだろう。
 試合は、組織のパチューカvsフィジカルのウィダード、という感じで徐々にパチューカが優勢になった。後半24分にウィダードの6番が警告2回で退場になったときは万事休すかと思ったが、さにあらず。逆にそこから1人少ないウィダードが猛攻。特に後半16分から出場した11番が速くて球扱いもうまい。これはパチューカが不覚を取るかと思ったら、延長後半7分に先制点。ウィザードは最後まで惜しい場面を作ったが追いつけなかった。

 ところでハーフタイムのこと。僕がノートにメモを取っていたからだろう。若い真面目そうな男性がスマホの充電コードを出しながら「バッテリー持ってないか」と聞いてきた。残念ながら今回は必要ないと思ってこなかったが、今日は試合後に原稿を書く必要もないから、パソコンから充電させてあげた。車のガソリンを分けてやるようなもんだ。国際貢献してるな。
 ここからの会話は英語だから推測(特に相手の分は)。
「試合を見てメモしていたね」
「そう。本当は取材に来たんだけど、ADカードがまだもらえないから」
「僕はユーロスポーツの者なんだ」と胸からADを見せるが、「CAF(アフリカサッカー連盟)」と書いてある。俺もAFCのADなら自宅にあるんだが。
 パソコンを隣の席に置き、そこからスマホを充電しているわけだから、必然的に一緒に試合を見るような形になった。
「日本人か」
「そうだよ。浦和レッズの取材に来たんだ。この雑誌の編集をしているんだ」とMDPを見せた。感心したような顔をするので、うれしくなって、カバンの中にあった「ASIAN CHAMPIONS」のステッカーをあげた。そしたら、友人が2人いて、「もうないか」と聞いてくるので、使い賭けだが「MDP300号記念」ステッカーをあげた。それ、もう貴重品なんだぞ。
 その後は第1戦を見ながら、いろいろ話していたが、再現しようとしてもおそらく半ば創作となってしまうので、割愛する。

(2017年12月18日)

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