Weps うち明け話 文:清尾 淳

#951

キャンプ

 シーズンインのキャンプを取材に行ったのは1995年が初めてだった。
 それまでは海外でのキャンプということもあったし、そのころは他にも本業があったのでレッズに自分を全面投入するわけにはいかなかった。
 95年は国内、鹿児島県の指宿市で行われたこともあり、初めての外国人監督(ホルガー・オジェック)など、話題もあったのでスケジュールをやりくりして行ったと思う。また僕も試合中、写真を撮るようになっており、「キャンプでいろんな写真を撮っておいた方がいいよ」とクラブスタッフから“そそのかされた”こともある(笑)。

 それ以来、全日程ではないが海外の時期を除いて毎年ある程度の期間キャンプの取材に行っている。
 以前、水上マネージャーがキャンプや試合での遠征に関して、「僕らは現地に着いたら、そこに大原(あるいは駒場)を作る」と教えてくれたことがあるが、選手たちは職住“超”接近の好環境でサッカー漬けの毎日を送ることになる。

 一方、メディアは仕事しやすい環境かというと、そうでもない。取材への発信基地がいつもと変わるし、豊富な資料もない。場所によってはインターネット環境も良くない。ホテルの部屋はだいたい事務所ほどの明るさはないし、作業する机も狭い。

 これまでレッズが行ったキャンプ地で一番頻度が高いのは指宿で、20回近くやっているはずだ。僕も取材中の拠点とアクセス手段をいろいろ替えた。
 最初は、チームと同じホテルに宿泊した。当時はメディアの同宿がOKだったし、ホテルもキャンプ地として売り出しを開始したところだったから取り上げてもらえれば、とメディアに対して格安で提供してくれた。練習場はホテルの敷地内だったから移動も楽だった。当時はまだインターネットによる編集・印刷関連作業をやっていなかったので、ネット環境云々も問題にならなかった。
 しかし、そのうちホテルが正規料金を取るようになり、キャンプの取材用としてはコストがかかりすぎるようになったため、別の手段を考えなければならなくなった。
 それで、鹿児島中央駅の近くにホテルを取って、そこからレンタカーでほぼ毎日通ったことがある。練習場が指宿駅から徒歩30分のところにあるので、歩くには遠く、どうせレンタカーなら、鹿児島中央駅の周りには安いホテルもあるので、その方がいいだろうと思った。車があれば、他のところにも行けるし、このとき知覧特攻平和会館に行くことができたのは貴重な経験だった。だが片道1時間半の道のりを毎日往復するのは若かったとはいえ疲れた。
 それで指宿市内のリゾートホテルに泊まり、歩いて練習場まで通うようにした。朝食付きにしたのだが、温泉ホテルなのでけっこうな品数で、かつ量はちょうど良く、しかも毎日日替わりメニュー(1週間で元に戻るが)なのが良かった。バイキングだとつい食べ過ぎてしまうことがある僕にとってはベストだった。さらにサウナ付きの温泉に遅くまで入れるのが良かった。ただ部屋が暗かったのと、ネット環境がなかったのが厳しかった。料金もそこそこ高かった。
 そこで別のシーズンは、もう少し練習場に近い民宿にしてみた。ここはインターネット環境があること、安いこと、部屋が明るいこと、などのメリットがあった。ただ、和室なので机やテーブルに慣れている者としては、仕事がしづらかった。腰が痛くなるので、特別ナマケモノでなくてもすぐに横になってしまうのだ。
 よし、と決意してウイークリーマンションにした。練習場までは徒歩で20分足らずで、部屋も明るく、値段もだいぶ安かったのだが、なまじ自炊の設備があるので、それに時間をかけてしまった。といってもカレーを作って3日、シチューで3日、おでんで3日、といった具合なのだが、毎日工夫を加えたりして、空き時間のほとんどを買い出しや料理に費やしたかもしれない。
 指宿時代の最後は、鹿児島中央駅前のホテルに宿を取り、毎日電車で一時間ちょっと掛けて指宿まで通い、駅から練習場までは歩く、というものだった。そこのホテルは部屋が明るく、インターネットは完備。コインランドリー、電子レンジなどもあり、仕事はしやすかった。そして往復の電車はまず座れるので、移動時間に仕事もでき本も読める。そのころは歩くのが苦にならなくなっていたので、駅からの30分はちょうど良い運動だった。車の運転と違い、歩きながら考えたことをメモもしやすい。

 そういう時期が3年続いたと思ったら、昨年から指宿がなくなり、全面的に沖縄になった。
 沖縄でのサッカーキャンプは年々増えている。MDPにも書いたことがあるが、沖縄の行政がサッカーキャンプ誘致に力を入れており、施設を始めさまざまな環境を整えてくれているからだ。沖縄でのキャンプ実施クラブが増えれば、練習試合も組みやすくなる。
 そして天候。風が強い日もあるが、基本的な気温が九州とは指宿や宮崎ともだいぶ違う。特に今回の寒波を“かわす”ことができたのは大きなメリットだ。サッカーキャンプの沖縄ブームはますます高まっていくだろう。

 スタッフはキャンプが成功裏に終わるように、万全の調査、交渉、準備をする。長年使用してきたところを使わない、というシーズンもあるわけで、そんなときにはお世話になった人たちに申し訳ないと思いながらも、少しでも選手のプラスになるように、という思いを優先する。期間中も、いかに選手たちがストレスなく練習に集中できるか、ということに全力を挙げる。ふだんとは違う環境でそれをやるスタッフたちのストレスはいつも以上に溜まるだろう。それが少し報われるのは、選手やコーチ陣が「良いキャンプだった」と言ってくれたとき。そして本当に報われるのは、チームの成績に成果が表われたときだろう。
 明日から二次キャンプだ。

EXTRA
 海外でのキャンプには行かないことが多かったが、それは2005年まで。2006年のオーストラリアと2008年のグアムには行っている。会社勤めのときは、海外出張など論外だったが、自分の裁量で決められるようになってからは、経費を捻出できるからだ。最近では、贅沢をするわけではないが、経費を節約するより、集中して効率良く仕事ができることを優先している。その方が後になってプラスになるからだ。
 初めて沖縄をキャンプ地にした2016年、レッズはYBCルヴァンカップで9年ぶりのタイトルを獲った。一次、二次共にキャンプ地を沖縄にした2017年、レッズは10年ぶり二度目のACL優勝を果たした。沖縄キャンプ3年目で、一次、二次のキャンプ地の順序を入れ替えて行う今季、どういう成果が表われるか。目指すところは決まっている。

(2018年1月30日)

  • BACK
 
ページトップへ