さいたまと
ワールドカップ





COLUMN●コラム


#105
「穴埋め」

 7月21日の前から「小野伸二の穴をどう埋めるんだ」という話は盛んに出ていたが、僕は「小野の穴を埋めるなんて考えない方がいいじゃないか」と思っていた。
 「穴を埋める」という表現をすると、どうしても同じポジションに誰かを持ってくる、と思ってしまうが、要するに戦力の低下をどう避けるか、ということが最大のポイントなんだから、やり方はいろいろある。
 もちろん同じポジションに似たタイプの選手を持ってくるやり方もあるが、小野伸二と同じタイプで同じ能力を持った選手など、そうはいないし、いたとしてもサポーターは絶対に誰も満足しないだろう。レッズサポーターの頭に刷り込まれているシンジ像と比べれば、誰が来たって見劣りするに違いない。チキが来たとき、みんなウーベと比べて「ダメ外人」とまで言ったヤツもいたんだからね。

 レッズの練習を見ていると2ndステージも、好調だった1stステージ終盤とシステムは変えずに、2トップの下に上がり目のMF、3ボランチで中央のボランチは相手の出方に応じて上がり下がりする、という方式らしい。小野がいるときは、このうちボランチ、上がり目MF、FWの3つを転々としていた。今季、3つもポジションを動かされたのは小野ぐらいのものだ。いやマリノス戦の後半には右サイドバックもやったか。
 どこのポジションでもできる小野の能力の高さを物語っているのだが、逆に言えばそれぞれのポジションにはそれぞれのオーソリティがいる、ということだ。ケガや出場停止さえなければ、レッズのレギュラー陣は決して見劣りしない。そのままでも大きな戦力ダウンにはならないんじゃないか。
 もちろん、展開を一気に変える1本のパス、というシーンは減るだろう。でも、Jリーグ各チームが全部「キラーパサー」を抱えている訳じゃない。それが致命傷にはならないはずだ。
 そういう意味ではエメルソンの獲得というのは、十分「小野の穴を埋める」ことになるはずだ。出されたパスを「キラーパス」にしてしまうようなFWだから。そういう意味ではトゥットも田中も岡野も、ピンポイントのパスでなければシュートまで持っていけないタイプではない。
 ただし野球ならば江藤、松井、清原、高橋由伸といったラインナップも可能だが、サッカーで4人FWなんていうのは、よほどの場合以外考えられない。エメルソンが出場することによって、調子が上がってきたFWの誰かが出られなくなるマイナスを相殺して考える必要がある。

 今回のエメルソン獲得のもう一つのプラス面は、「勝つんだ」というクラブの姿勢を見たことにある。前線3人(2FWとトップ下)が全部ブラジル人というJリーグでもほとんど例を見ないユニークな布陣になる可能性が強いのに、不動産なみの移籍金をポンと払い、昨年苦渋をなめさせられた選手をこだわりなく獲る。「できれば生え抜きの選手で優勝したい」とか、一時は「11人全員日本人で」などと言っていたレッズの構想はどこへやら、である。
 いや文句を言っているのではない。僕だって選手全員が日本人で、できれば埼玉県それも旧浦和市出身で、なんて夢を見ない訳がない。しかしJ2から上がって、また落ちる可能性がゼロでもないチームが、夢ばかり語っていても現実的ではない。僕が高校3年生のとき、酒は飲むはパチンコはするは麻雀はするは成績は下がる一方だは、だったのに「志望校は京都大学」と言っていたのと同じだ(ちょっと違うか?)。
 とにかく勝つこと、とにかく優勝すること。まず、そこからだ、というクラブの方針転換はうなずけるし、今季のブラジル体制やトゥットの獲得からして、やるなら徹底してやるところが分かりやすくていい。

 もう一つ、「どうしてDFでなくてFWなの?FWはいるじゃん」という疑問も多い。もっともな疑問なのだけど、よく考えると、確かにレッズのセンターバックには代表クラスの強力な選手はいない(元や候補はいるけど)。だけど1stステージの終盤5試合では失点6とだんだん良くなってきたのはなぜか。11人全員で守備をすること、マイボールを大事にして攻撃の時間を長くすること、これが浸透してきたからではないか。これも、強力DFがいない、という「穴」を埋めるのに、個人ではなくやり方で解消するという、「小野の穴」問題と似ているかもしれない。ギドやバジールらの「壁」がいた時期を知っているサポーターとしては見ていて不安だろうけどね。
 クラブは「今後、DFもMFも探す」(横山GM)と言っている。それは信用していいと思う。8月1日の「語る会」で「森岡さん(清水)や、松田(横浜M)でもいいですから(獲ってください)」と発言したヤツを見て「日本代表をつかまえて、でもいいですから、はないだろう」と思っていたが、今回のエメルソンの電撃獲得を見ていると、あり得なくはないなあ。

(2001年8月6日)

〈追伸〉 今回、コーチにピッタが来て、ブラジル人スタッフはチッタ、フラビオ、 ピッタ、アカシオ、アベリーノ、ベゼーハの6人。選手が3人。大原ではポルトガル語が飛び交っている。そのうちチッタが「ミーティングやるぞ。なに?通訳が来てない?じゃあ、トゥット、アド、エメの3人だけでいいや。あとの連中はマイボールをつないで前に蹴る練習でもしていてくれ」なんてことになったりして(阿部ちゃんは会話に入れるぞ)。