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COLUMN●コラム


#223
エジムンド


 なんだ、そういうことだったのか。
 と、とりあえずは安心しておこう。


 3月15日、東京ヴェルディ戦のキックオフ前、PCのキーボードを叩きながらクラブのスタッフから「知ってますか?」と言われた。何かと思ってPCの画面をのぞくと、日本の通信社が「エジムンドがレッズを退団し、パルメイラスへの移籍を希望している旨、ブラジルの記者に電話で語った。その理由は家族のことや練習環境が合わないことなど」と情報を流している。


 ああん?またかよ!
 またかよ、というのは、その前に見たサッカー雑誌でエジムンドが「オフトのやり方は自分と違う。このままやっていっていいのか不安だ」と語っていたからだ。「やり方」というところでは、例えば紅白戦をまったくやらないことなどを挙げていた。今回の通信社の記事の中にある「練習環境が合わない」というのもそういうことだろう。
 オフト監督が紅白戦、いわゆるスタメン組対リザーブ組みたいな試合形式の練習をまったくやらないことに、僕も去年ちょっとびっくりした。レギュラー11人が一緒にプレーすることでコンビネーションや共通理解が高まるのだろうに、どうしてやらないの?少なくとも、これまで見た監督は試合の前々日あたりにそういう練習を組んでいたことが多かったし、そして記者は予想スタメンを書きやすくなるのだった。
 だけど1年見てきて、これがオフトのやり方だと、今は納得している。一つには前にも書いたけど、右サイド対左サイド、FW対DF、そういう局面局面での対戦を「レギュラー対リザーブ」ではなく「レギュラー対レギュラー」にすることによるレベルアップだ。
 もう一つはレギュラーの11人ではなくリザーブあるいはリザーブ外も含めたトップグループ全体を引き上げていこうという考え方だ。ある日、僕がオフトに「ベストメンバー」という言葉を使ったとき、彼は苦笑しながら「ベストメンバーというのをベストイレブンという意味で使うのなら、それは違う。私は16人から18人の『ベストグループ』という考え方をしている。その中からコンディションなどを考えて試合のメンバーを決めていく。当然ケガや出場停止もあるしね」と教えてくれた。
 「ビシビシしごいて、一時だけいい成績を残すことは出来るかもしれない。しかし私の仕事はこのチームを常に優勝を狙えるチームにすることだし、私がいなくなってからもそれを維持していけるチームにすることだ」
 監督に就任したころ、オフトはこう言った。それを聞いて僕は頼もしいと感じる半面「じゃ時間がかかるなあ」と思ったものだ。


 新しく来た選手、それも10年以上もトッププロとしてやってきた選手が、それまでと違うやり方に会えば戸惑うのは当然だろう。だけど、あんたはチームに本格合流してまだ20日もたっていないじゃないか!それで、どうこう言うのは早すぎるんじゃないかい?そんなふうに思ったものだ。
 まあオフトはエジムンドに本当に期待しているようだし、両方ともプロなんだから、簡単に離反してしまうことはないだろう。そう思っていたが、「退団も考えている」などと言われるとおだやかではない。
 休み明けの17日、月曜日。大原の練習が終わると、グラウンドに来ていた犬飼社長がエジムンドのところに行き、なにやら話し始めた。数分立っても終わらず、森GMと中村CMも加わって話し合いは続いた。
 大原には大勢の記者がいた。日本代表メンバーに山田と坪井が選ばれたので、その取材に来ていたのだが、エジムンド退団か、なんて話に飛びつかない新聞記者はいない。みんな会談風景を写真に撮ったり、終わったら犬飼社長の話を聞こうと待ち構えたり。コメントのために山田が出てきたときは「え、もう来たの?もうちょっと風呂入っててよ‥」という表情だった。
 結局、15分くらい続いた会談が終わっても、社長、GMから詳しい話は聞けず、「森さんが今晩もう一度話し合う」となったらしい。実はこの日、僕は帰りの車がないという犬飼社長を大原から自宅まで乗せていったので、その気になれば単独取材もできたのだが、そこで突っ込めないのが僕の弱いところ。たとえ聞いても書けないのだけど。
 ただ雑談していてわかったのは、家族がまだこちらに来ていないことが精神的に影響しているらしい、ということだ。詳しい話は明日になれば森さんから聞けるだろうと、僕は運転手に徹した。


 で、昨日、18日。非公開の練習試合が終わり、記者に囲まれた森GMが話し出した。以下は森さんの談。


 向こうの新聞に出たという、レッズをやめたいとかそういう話はしていない、と本人(エジムンド)は言っている。去年、ヴェルディをやめた段階でパルメイラスの関係者からオファーはあったが、そのときすでにレッズの話があったので断った、と。だから、その話(レッズ退団)はそれでもう終わりになった。
 次に、家族がまだ日本に来ておらず1人暮らしで寂しいという話があった。いつ来られるかということに関しては、わからない状況だ。というのは、現在ブラジルから日本に来るためのビザ発給が厳しくなっているからで、奥さんと子どもの分はともかく、一緒に来る「お手伝いさん」のビザがおりないらしい。ブラジルのビザ発給が厳しくなっていることは日本協会やJリーグでも問題になっており、たとえば日本人と結婚したから、といって日本へ行こうとしても、結婚証明書なんぞいくらでも偽造できるから本当にそうなのか、なかなか信用してもらえない。下手をすると半年ぐらいほっておかれる。「これじゃブラジル人選手を簡単に採れんな」と関係者もこぼしているところだ。外国人は日本人以上に家族を大事にするから、そのことはかなり心配だ。
 練習方法についても不満があるのか聞いた。それについては、自分に合っているのはブラジル流だが、今はレッズにいるのだからそれに慣れていく必要がある。今のやり方に慣れていないのは事実だが、それで誤解を受けないように気をつけている。監督が自分に気を遣ってくれているのも知っている。しかし試合に負けて面白くないときに、監督を批判をしているように言われて気分を害したのはある。自分は昔の自分とは違う。昔はいろいろとあったが。エジムンドはそう話している。
 彼は、体調もまだ最高ではないし、もっといいプレーが出来るはずなのにそれが出来ていないことにイライラしているのだろう。しかしフロントもオフトも、チームプランとしてエジムンドとエメルソンを生かし、みんなで優勝を狙うという形を持っている。期待しているから頑張ってくれ、と話しておいた。
 オフトも、エジムンドが早く慣れるよう考えていくつもりらしいし、彼が存分に力を発揮できるようにしたいと思っている。フロントとして、2人の合流が遅れたりして監督には申し訳ないと思っているが、今後も全力でバックアップしていく。


 で、最初に戻る。なんだ、そういうことだったのか。と、とりあえずは安心しておく。
 とりあえず、というのは家族の問題はまだ解決しておらず、これが長引くことはエジムンドの精神状態にいいはずはないからだ。にも、かかわらず、安心しておく、というのは、エジムンドが公式に退団希望を否定したからだ。
 練習のやり方が自分に慣れていないから不満はある。そのことは事実でも、だから「やめたい」というのと、でも「頑張って慣れていく」というのとは天と地の差がある。不安はありながらもプロだからもちろん頑張る、という普通の結論だったわけで、それが今後どう変化していくかはわからないが、心配することはない。
 エジムンドについては、例のカーニバルの話題で騒ぎすぎた気がする。前にも書いたが、記者に囲まれるたびに「カーニバルはいいの?」と聞かれれば、いい加減嫌になる。カーニバルを大事にしていればいるほどイライラするだろう。その思いを断ち切って日本にいるのに、しつこく聞かないでくれ、と。来日の記者会見で「その日(カーニバル)は練習しているか自宅にいるよ」と答えた、あれで十分じゃないか、と。
 「野獣」と呼ばれたころの彼を直接知らないのだけど、おそらくナーバスな部分が多いのだろう。だから、時に怒りが爆発したのかもしれない。心配なのは「退団希望」説、「エジムンド・オフト不仲」説が、ときおりぶり返すかもしれないことだ。昨日、森さんの話を聞いた記者はともかく、違う記者が来て同じ話題を蒸し返すことは十分考えられる。それに昨日の記者だって、森さんには聞いたけれど本人からはまだ聞いていないから直接語らせたいだろう。そのときに「ふざけんな!そんなに俺をやめさせたいのか!」となるんじゃないか。点を取るなり試合に勝つなりすれば、笑って済ませられる話題も、結果が出ていないときはそうではない。
 レッズサポーターならわかるだろう。会社で「レッズ勝てないねえ」と言われたときに、3連勝して3連敗ぐらいの状態だったら「そんなんですよ。波があって困っちゃいます」と答えるかもしれないが、99年の10月30日、神戸に負けた後は、「大きなお世話だ!」と思わなかったか。
 チームが勝てないこと。自分のプレーがうまくいかないことにイライラを感じているエジムンドに好感を持った昨日だった。


(2003年3月19日)