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COLUMN●コラム


#260
攻撃は最大の防御


 「攻撃は最大の防御」


 この言葉を初めて見聞きしたのは小学生のときだったと思う。あの名作漫画「あしたのジョー」で、主人公、矢吹丈が初めてプロボクサーのテストを受けたとき、筆記試験の後で、師匠の丹下段平から出来を聞かれてジョーが答えたセリフ。ボクシングの防御のテクニックを3つ書け、という問題で、本来はウエービングだのダッキングだのといったものを答えるべきなのだが、ジョーはこう言った。
 「俺に防御なんて必要ねえ。打って打って打ちまくる。つまり攻撃こそ最大の防御なり」(手元に資料がないので正確ではない)
 これに対する段平師匠の反応は、一口に言えば
 「そういや、防御のテクニックなんて教えてなかった」


 次に覚えているのは中学校の剣道部で練習中のときに聞いた顧問の先生の言葉。
 「つっ立って相手が打ってくるのを待っとっても、剣道は自分から打たんと絶対に勝てんぞ。攻撃は最大の防御や」
 でも剣道は、疲れてきたときに自分から打って出るのがつらいのだ。へばってくると、相手が打ってきたのを受けて反撃するなり、打ち出すスキを狙ってポンと小手を狙うみたいな技に走ってしまいがちだった。だから強くなれなかったのだが。


 そして最後が映画「仁義なき戦い」。第5部で、松方弘樹扮する弟分が、兄貴分の菅原文太に言うせりふ(だったと思う)。
 「攻撃は最大の防御で(だよ)」
 狙われる立場にあった菅原文太に対して、狙われるのを待っていてはやられてしまうぞ、と心配して言ったのだった。そういえば同じシリーズの第1部では、菅原文太が松方弘樹(役は違う)に対して
 「言うといちゃるがの。狙われるもんより狙うもんの方が強いんど」
 という場面もあった。これも似たような意味か。


 ほかにこの言葉を聞かなかった訳ではないが、この3回が特に記憶に残っている。
 そして最近、中断期間が終わった7月のレッズの試合運びについて、サポーターから寄せられたコメントの多くにこの言葉が書かれていた。
 「攻撃は最大の防御。駄目ですか?オフトさん」
 「オフト監督は、攻撃は最大の防御という言葉を知らないのでしょうか?」
 「攻撃は最大の防御という言葉がオランダにはないらしい」


 うーん。もっともらしい批判だけど、当たっているのだろうか?
 7月のレッズが、中盤から相手陣内で正確にパスを回せるようになったのは、今季の目立つ成長点だが、そこから先が進まない。なかなかフィニッシュに持っていけず、ジリジリしたのは間違いないところ。だが、それを批判するのに「攻撃は最大の防御」という言葉がピタリと来るのだろうか?そもそもサッカーにおいて、この言葉は当てはまるのだろうか?実はよくわからないのだ。


 攻撃と守備が表裏一体となったスポーツはいろいろある。3番目に挙げた「仁義なき戦い」は別としてボクシングや剣道はまさにそうだろう。「攻撃は最大の防御」がほぼ当てはまる。ほぼ、というのは、攻撃にいくときこそ最大のスキができるということもまた真実だからだ。
 自分が攻撃にいけば相手が必ず受ける、守る、というなら、攻撃していれば少なくとも負けることはない。まさに攻撃は最大の防御だ。しかし相手が捨て身で反撃に来る構えを見せているときは逆に危険なことがある。ボクシングで言えばカウンター攻撃があるし、剣道では「先の先」とか「先々の先」という攻撃がある。「先の先」とは相手が打とうとする小さな動きでできるスキを突いて打つこと。「先々の先」とは相手の攻撃をかわすことで(受けるのではなく)相手に大きなスキを作り、打つことだ。僕のつたない経験によれば剣道で最大の防御は、相手が何をしてこようと「正眼の構え」から動かないこと。まあ、そこまでじっとしていられるものではないし、構えているだけじゃ勝てないけど。ただ剣道には「教育的指導」などという心理的駆け引きを無視した減点制度がないから、相手の動きに惑わされずどっしりと構えて相手のスキを狙うことが勝ちにつながることも多いのだ。


 さてサッカーだ。ボクシングとサッカーで違うところは多いが、今回の趣旨に関わるようなことで言うと、ボクシングはお互いの体だけを使うが、サッカーはボールを使うということ。つまりボクシングはいつでも攻撃にいけるが、サッカーはボールをキープしている側でないと絶対に点は入らない、ということだ。サッカーは、ゴールを奪う前にボールを奪わなければならない。


 サッカーの攻撃と言えば最後はシュートだ。そのシュートがDF、GKに当たってまたシュート、あるいはコーナーキックという場合も多いが、枠をはずれて相手のゴールキックで再開、または相手GKに取られて反撃される場合が半分以上だ。その時点で主導権は相手に移ることになる。ゴールキックがそのまま相手のチャンスになることは多くないが、少なくともこちらのチャンスになることはない。
 攻撃しなければ点は入らないが、攻撃の最後の形、シュートを放った後は攻撃が途切れてしまい、相手ボールになってしまうことが多いのだ。だから、シュートを指して「攻撃は最大の防御」とは言えないのではないか。実際、ナビスコ東京V戦はロスタイムにシュートを撃ったのが相手のゴールキックになって、それから同点にされてしまった。


 MDP222号のインタビューのとき、オフト監督は「こちらが相手の陣内でボールをキープしていれば、相手に攻められることはありませんからね」と語った。なんだ「攻撃は最大の防御」、やってるんじゃないか。縦に急ぎ、どんどんシュートを撃つ、というのとは違うが、自分たちが主導権を握るサッカーをしていればやられるリスクも少ないというのをちゃんと実践しているようだ。 
 中断前と中断後の数字を見ると、「前」は14試合で19得点21失点と「失点過多」だったのが、「後」はここまで9試合で15得点10失点になっている。平均すると1.36得点1.5失点だったのが1.67得点1.11失点。7月に入ってから累積得点が失点を下回った時期はないのだから、十分「攻撃は最大の防御」になっていたのではないかと思うのだ。


 それまでボール保持率が毎回相手を上回ることなどなかった。つまりマイボールの時間が長くなってきたからこそ「攻撃は最大の防御だろ、何やってるんだ!」という見方が多くなってきたのだろう。相手に主導権を握られていては、それどころではないんだから。成長段階だからこそ見えてくる不満というものあるんだと、今回よくわかった。
 オフト監督はこうも言った。「自分たちが試合を組み立てようとするときが一番点を取られやすい時間でもある」。剣道の「先の先」ということか。5月まで14試合中6試合あった無失点試合(引き分け含む)が、ここ9試合で1つしかないのが不満だったが、それも成長の中で出てくる弱点だったのだ。


 今後、レッズが成長するにつれて、また新しい弱点が見えてくるかもしれない。「ほら、やっぱり駄目じゃん」と誇らしげに言う人も出てくるだろう。それをヘンに覆い隠したりせず、その理由、背景をきちんと究明することも僕たちの仕事なのか。


(2003年8月20日)


<追伸>
 1点差で負けているレッズが1点を取りにいって逆に追加点を入れられてしまう試合を何度となく見てきた。単純に「攻撃は最大の防御」というなら、そんなことはないはずだもの。中断明けの9試合で先制されたのが5回。そのときに、あせらずに自分たちのサッカーをしていたからこそ、その5回のうち2回を引き分けに、2回を逆転勝ちに持ち込めたのだ。