COLUMN●コラム
#332
生きた心地
だから僕は何も「2ndステージ優勝できる」なんて言ってないでしょ。「2ndステージ優勝したい」って言ってるの!
え?何だいきなり?ごめん。土曜日のMDPとごっちゃになっちゃった。
1シーズン2ステージ制は今年が最後。最後のステージは優勝はぜひレッズがもらいたい。優勝したいのはいつも同じだけど、今回は特にそう思う。理由はMDPで。
でも「優勝したい」とか「絶対に優勝しよう」とか言い続けてると、いつの間にか「優勝できる」に変わっちゃうんだろうか。それって危険なことかもしれない。
アテネ五輪の男子サッカー。予選で敗退してしまったことを思うたび、僕はある選手の言葉を思い出す。
「生きた心地がしなかったですよ」
アジア最終予選を終えて帰ってきた達也、闘莉王、山瀬、啓太の4人。個別取材には応じている時間がないということで、駒場スタジアムで4人の記者会見があった。それが終わって、帰りしたくをしていると廊下の向こうに啓太が見えた。途中試合からはずれることもあったが、チームキャプテンとしておそらく心身ともに疲れ果てたんだろう。頬がこけ目が落ちくぼんでいた。
個別取材はなし、ということだが声をかけるくらいいいだろう。
「啓太、お疲れさま」。それしか言葉はない。すると彼がしみじみした口調で言った。
「生きた心地がしなかったですよ」
五輪のアジア最終予選はUAEラウンドよりも日本に帰ってきてからの方がピンチになった。日本代表チームではないが、五輪に関しては国を代表して、何人もの同世代の選手の中から選ばれて五輪の出場権を得るために戦っている。万が一、失敗するようなことがあったら、自分のキャリアに傷がつくとか、その後のモチベーションが難しいとか、そんなことでは済まない。だから、もしこのままズルズル負けるようなことがあったら、と考えると「生きた心地がしなかった」のだろう。
キャプテンとしての啓太の思いが全員に伝わったのか、それともすでに全員がそう思っていたのか。初戦でバーレーンに負けた後、日本は盛り返し、レバノンに2-1、UAEに3-0で勝ち、五輪の出場権を得たのだった。
今回の五輪チームに啓太が入っていたら予選が突破できただろう、なんて言う気はない。ただ啓太がいれば選手たちの戦う気持ちはもっと早くから燃え盛っていたかもしれないな、とは思う。「生きた心地がしない」ほど必死に戦ってようやくアテネ行きの切符を得たのに、どうやって勝ってきたかを本大会までに忘れてしまったのか?特に最終メンバーが発表されてからの試合は、そんな感じだったから。
厳しい勝負のときには気持ちの強い方が勝つ。気持ちさえ強ければ勝てるとは限らないが、少なくとも気持ちで負けていたら勝てないのは確かだ。これからの2ndステージ、勝ち続けたら勝ち続けたで、それが甘さにつながることだってある。
レッズは強い。
そう言ってもいいと思うけど、形容詞が必要だ。「選手が全力を出せば」「必死で戦えば」などという形容詞が。
神戸戦は何とか勝てた。それは同点になってから必死に戦ったから勝てたんであって、必死にならなくても勝てたかというと、それはとても無理だったろう。できれば前半の最後に1点返される前に、必死になってほしかったけど。
あと14試合、チームもサポーターも必死になって戦って優勝しよう。そう言いたいのだ。
(2004年8月20日)
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