Weps うち明け話
#134
溶質・溶媒理論
 もう何回か書いた話だけど、溶媒に2種類以上の異なる溶質を溶かした場合、それぞれの飽和度いっぱいまで溶ける。わかりやすく言うと、たとえばコップ1杯の水に塩を溶かしていったとき、20g以上は溶けずに下にたまってしまうとする。つまりコップ1杯の水には20gまで塩が溶けるということだ。同じようにコップ1杯の水に砂糖を溶かしていったとき、30gまで溶けるとする。では、コップ1杯の水に塩20gと砂糖30gを入れるとどうなるか。なんと両方ともきれいに溶けてしまう。さらに、その塩&砂糖水にインスタントコーヒーを溶かすとどうなるか。これもコーヒー粉の限度まで溶けてしまう。「だめだめ、もう塩が限界まで溶けているんだから、砂糖やコーヒーは無理だよ。他へ行って溶けておくれ」とはならず、異なる溶質なら受け入れてくれるらしいのだ。「らしい」というのは塩と砂糖以外では実験したことないから。でも、そう中学校の理科で習った。

 僕は大人になってからもそのことが頭から離れなかった。そして何となく、人間もそうではないかと思ってしまう傾向にある。つまり違う種類のことなら一度にいくつでも引き受けられる、というように。
 会社に勤めていたころは、そんな感じだった。仕事を並行して3つか4つ抱え、組合の役員もやり、趣味の遊びもやり、家のこともやり…。同じ種類のことを2倍や3倍こなすことはできないが、違うことなら何とかなる、と。
 しかし、まあ1人の人間がやれることには限度がある。どんなに頑張っても1日は24時間しかない。物理的な限界にぶつかるのだ。その限界が読めず、最後はパニクったこともあった。

 1シーズンに複数の大会を戦うのは、どうなのだろう。
 今季、浦和レッズはありとあらゆる大会に出場した。ブルズカップに始まり、ゼロックススーパーカップ、Jリーグ、ACL、A3、ナビスコカップ、天皇杯、CWC。マスコミは「目指す8冠」と冗談めかして報じたが、それはともかく、この8つの大会のうち、Jリーグ、ナビスコカップ、天皇杯は共通する部分が多い。いずれも日本国内のほぼ経験のあるスタジアムで、何度か対戦したことのある日本のチームと、日本の審判にジャッジされて行う大会だ。多少レギュレーションが違ったり、天皇杯で少し未経験の相手やスタジアムに出くわすことがあるが、それでも何か新しいことで面食らうことはなく、ストレスなく試合ができる。また戦うチーム同士の条件がほぼ同じということもある。特にナビスコとリーグ戦は同時期に並行して進められるから、代表選手の在、不在で戦力が変わる事はあるが、だいたいリーグ戦の上位チームが勝ち抜いてくることが多い。もちろん例外もあるが。天皇杯は初戦を除きリーグ戦が終わってからになるから、外国籍選手の帰国の問題や、リーグ戦の疲労、ケガ、モチベーションの問題など、少し違う要素が出てくるが、それでも先ほど述べたように、基本線は変わらないと言っていいだろう。
 だから国内3冠、2冠というのは偉業には違いないが、あり得ない話ではない。現に2000年に鹿島が3冠を獲得しているし、磐田も、もちろんレッズも去年、Jリーグと天皇杯の2冠を獲った。今年もJリーグ優勝の鹿島、ナビスコ優勝のG大阪が天皇杯ベスト4に残っており、どちらかが2冠を果たすことも十分考えられる。G大阪が天皇杯で優勝すればゼロックス杯とあわせて3冠となるが、これもまた使い慣れた国立で対戦し慣れた相手(あ、ウチだったか!)との試合だ。

 2月の13日に行われたブルズカップはさておき、今季レッズが挑戦したACL、A3、CWCはいずれもこれまで経験してきた国内の大会とは大きく違うものだった。相手、環境、スタジアム、判定基準、試合運営、移動距離…。多くが初めてのものだった。
 冒頭の「溶質・溶媒理論」からすれば、同じ系統の大会ではなく、異なる種類の大会ならば並行してこなせるはず、となる。特に9月以降のノックアウトステージに関しては、日程が詰まっており移動の疲労も溜まってくるが、違う大会だから負けずに勝ち抜いてこられた、と思っている。選手たちは「次はJリーグ、次はACLと切り替えるというより、目の前の試合をこなしていっただけ」というが、これがナビスコ杯とJリーグのように、いつもの相手といつもの場所で違う大会を行うなら、意識して切り替える必要もあるが、まるっきり別の大会なのだから気持ちは勝手に切り替わる。当時(といっても、たった3ヵ月足らず前だが)「二兎を追うからこそ二兎を得ることができる。二兎物語だ」とMDPに書いたが、二兎めをとり逃がした今でも、その考えは正しかったと思っている。少なくとも「一兎をも得ず」という定番の指摘は的を射なかった。
 ただし「二兎を追う」と言っても、口だけでは駄目で、特にアジアのウサギは初めて狙うのだから、周到な準備が必要だった。チームの現場だけでなく、クラブを挙げてその準備にあたって初めて、ウサギを射程距離に追い込むことができたのだ。もちろん最後はチームの力がなければ捕獲することはできなかった。

 まあ、サッカーに「溶質・溶媒理論」を当てはめるのは無理があるかもしれない(人間の仕事もそうだが)。だが、今季目指した2つの優勝が、たとえば砂糖と塩のように、まったく違う次元のものだったことは間違いないだろう。ヨーロッパの強豪クラブは、UEFAチャンピオンズリーグと各国リーグを並行して戦うことなど通常のことになっているだろうが、日本ではまだまだだ。
 それを初めて浦和レッズが最後まで貫いた。
 Jリーグの最後に優勝を逃したことで、ACL優勝の価値が下がるものではないし、FCWCでミランに負けたことで、アジア王者の位置がいささかも揺らぐことはない。

 僕は、来季のレッズの目標は2つだと思う。
 一つは、JリーグとACLのダブル優勝を果たすこと。もう一つはFCWCでヨーロッパか南米のクラブに勝つこと。いずれも今季、あと少しのところで(後者が「あと少し」かどうか異論もあるだろうが)、手が届かなかったことだ。2007年に残してきたものを取り返しにいく、と言ってもいい。もちろん他の試合で手を抜くことは考えられないが、クラブのシフトとしてはこの2つに全力を注ぐことになるのではないか。
 14年前のレッズは、テストで20点とか30点とか、本来なら落第(降格)しそうな点しか取れなかったのが、60点以上取れようになっただけで躍進だった。今はコンスタントに90点台を取っていて、さらに100点を目指す段階に来ている。
 ますます厳しくなり、いっそう楽しみになる2008年のようだ。
(2007年12月27日)
〈EXTRA〉
 今年、最後のコラムとなりました。全38回と、やや低調に終わったことをお詫びします。また「はみ出し話」からの通算も499回で止めておきます。記念の通算500回目は、年明けの1月7日にお送りします。みなさん、よいお年を。
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