Weps うち明け話
#169
2つのゴールとPK戦
 「清尾さん」
 と声をかけられても誰だかわからなかった。サポーター?いや、服装はサッカー関係者だな。
 「かわのです」
 かわのさん?知り合いにかわのさんは何人かいるが…。
 「河野真一です」
 ! すまん、フルネームで言われてやっと気がつく間抜けだ。
 しかも前日に、クラブスタッフの水上さんから「清尾さん、河野が来るよ。いま宮崎でサッカー教えてるから」と言われていたにも関わらず、だ。まったく恥ずかしい。だが、それだけ面変わりしていたことも間違いない。あとで聞いた話だが、元選手のコーチやスタッフも、見ただけではほとんどわからなかったらしいから。どんなふうに変わっていたかは、あえて言わない(笑)。

 今のファン、サポーターの中で河野真一という選手を知っている人は少ないはずだ。記録としては、公式戦8試合出場2得点というだけだから。だが93年からレッズを見てきた人には絶対に忘れられない存在だろう。
 93年にJリーグが開幕してレッズは4連敗。迎えた第5節は駒場でのヴェルディ川崎戦。 5月29日の土曜日だった。河野真一はこの日が初先発。
 前半6分に、柱谷哲二に先制される。また今日も駄目か、と思いかけたが、対ヨミウリとなると闘志が沸騰する三菱の体質はレッズになっても受け継がれていたのか、選手たちの動きはさらに良くなるほど。後半4分、執念が実る。河野が放ったシュートがネットを揺らしたのだ。ヴェルディは必死に勝ち越し点を取りに来る。レッズは防戦に追われながらカウンターのチャンスをうかがうという展開が続いた。当時はリーグ戦でも延長あり。長かった。120分が終わりPK戦へ。ヴェルディは先制ゴールを挙げた柱谷が先頭キッカーで外してくれた(くれた、というのもヘンだが)こともあり、4-2でレッズが勝利した。だが、そのPK戦にFW河野真一はいなかった。後半37分に交代退場。相手のスライディングタックルを受け左ヒザのじん帯を痛めたのだ。
 歴史的なJリーグ初勝利に、その夜(試合が終わったのがすでに9時半を回っていた)の浦和は深夜まで騒がしかった。その立役者の1人として河野真一の名前は、彫の深いマスク、長い髪を振り乱して疾走する姿、恐れるものなど何もなく突っ込んでいくプレースタイルとともに、レッズファン、サポーターの記憶に深く刻まれた。そしてこれからもレッズの勝利を呼び込んでくれるニューヒーローとして。

 その翌日、駒場でのサテライトリーグに出かけた僕は、そこに松葉杖をついた河野の姿を見て、愕然とした。レッズの救世主が…、と思った。その週に入院、手術となった河野の復帰は7月の第2ステージ(ニコスシリーズ)からだった。ゴールこそなかったが、プレースタイルやルックスは変わっていなかった。当時ヴェルディにいた北澤豪が「俺とそっくりな奴がいる」と何かの雑誌で発言していたが、僕は「いやいや、河野の方がだいぶカッコいいから」と思った。
 僕が生涯で忘れられない試合の一つ。9月18日、大宮サッカー場、ヤマザキナビスコ杯、横浜フリューゲルス戦…、詳しくは書かない。苦しくなりそうだから。とにかくこの試合で先発した河野は先制ゴールを挙げ、そして後半38分に負傷退場した。目の前を担架で運ばれていく河野の痛そうな声は今でも耳に残っている。試合はまたPK戦になり、今度は負けた。
 それから河野のレッズでの公式戦出場はない。95年はサテライトリーグに出場するくらいに回復したが、トップチームであの疾走ぶりを見ることはなかった。そして96年、ヴィッセル神戸に移籍した。

 どうも当時の河野のことを書くと僕はセンチメンタルになりすぎる。河野真一「さん」のことを書こう。
 河野さんは宮崎県生まれで、宮崎中央高校から大阪商業大学に進み、1年間のアルゼンチン留学を経て93年からレッズに加入した。移籍した神戸を辞めた後、指導者の道に入る。朝日新聞主催のサッカー教室の専任コーチを3年間務めた後、大阪で自分のサッカースクールを開校した。その後宮崎の実家に戻り、家業を継ぐかたわら、母校である鵬翔高校(宮崎中央高校から改称)サッカー部の下部組織的なジュニアユースチームのコーチを務めている。
 河野さんの指導者ぶりを僕は見たことがない。だけどサッカーに対して真直ぐだった選手時代の印象が外れていなければ、良いコーチなのではないか、と思う。
 その鵬翔高校サッカー部と、レッズは今日15時から練習試合を行う。
(2009年1月21日)
〈EXTRA〉
 遠征キャンプだと更新が頻繁になるはずなのに、宮崎に来てから書くのはこれが初。それほど忙しいのだけれど、書いておかなければ、と思うことはいっぱいある。キャンプ中日で、ようやく身体もリズムに慣れてきたから、これから頑張ります。
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