Weps うち明け話
#193
言葉にシャキッ
 8月28日(金)、神戸戦の前日の記者会見で、あることを思った。
 1週間前の広島戦後の監督記者会見でフィンケ監督がセルヒオのプレーに関し「エリア内でファウルを受けたのだから、倒れるべきだった」という趣旨のコメントをした件だ。正直、橋本代表が監督と話した後で出したコメントで終わった話だと思ったが、まだ続いていたのだった。

 フィンケ監督がこう言った。
 「自分が発言したことが日本語に訳されて会見で伝えられ、その後それが犬飼サッカー協会会長に伝わり、それに対して犬飼さんが発言したことが英語に訳されて通信社からドイツに伝わり、そこでドイツ語に訳されてドイツの新聞では『選手がファウルされていないにもかかわらず倒れろという命令を自分(監督)がその選手に下した』と報道されている」(長いので要旨。全文はオフィシャル参照)
 これに対して、ある記者が発した再質問の中の次の言葉が、若干うんざりしていた僕の頭をシャキッとさせた。
 「会見を聞いた限りでは、我々は似たような印象を受けるようなふうに聞こえたが…」

 シャキッとさせてくれた第1点。
 僕は広島戦後の会見には出ていないので、オフィシャルの文字を見るしかないが、それによるとフィンケは「エリア内でファウルされたけど、倒れずにプレーを続けた」と言っている。その上で「倒れるべきだった」と言っている。ドイツで報道されているという「ファウルされていないにもかかわらず倒れろと言った」というのと、実際にフィンケが言った「ファウルされたのだから倒れるべきだった」というのは全く違う。これを「似たような」と認識してしまっていいのだろうか。

 シャキッとさせてくれた第2点。
 「我々は似たような印象を…」の「我々」とは誰と誰だ。28日の記者会見場には10人程度の報道関係者がいたが、少なくとも僕は、その2つを「似たような」とは認識できないのだが。
 ちなみにオフィシャルの全文掲載では、この「我々は」という言葉は削除されている。会見後、その場にいた記者の1人(僕ではない)が「我々、の中に自分は含まれたくない。オフィシャル掲載にあたり配慮してほしい」と広報部に申し出たからだろう。

 他人のことはよくわかる。自分はどうなのか。
「○○がこう言っていたが…」と質問して話を引き出すのは普通の取材方法だ。それ自体、別に問題はない。だが、その情報伝達が正しく行われているかどうかで、問題が生じてくる場合もある。
 たとえば「フィンケ監督は若手を使うと言っているが…」と経験豊富な選手に話を向けたとしたらどうか。確かにフィンケ監督は「若手を使う」と言ったが、同時に「経験のある選手は必要だ」とも言っているし「何人もの新人を同時にピッチに送り出すことはない」とも言っている。この部分も合わせて伝えないと誤解を生むことになりかねない。
 誰かへの取材で「○○のこういう発言についてどう思うか」という質問をする場合は、オリジナルの発言をできるだけ忠実に伝えなければいけない。特に元の発言者(○○)に対する批判的なコメントを引き出したい場合は、より留意しなければアンフェアになる。そうなってしまっては、取材でなくただの「告げ口」だ。
 意識して元の発言者の真意を隠したり、捻じ曲げて伝えたりはしていないと自分では思っている。だが「ファウルされたのだから倒れるべきだった」を「ファウルされていないにもかかわらず倒れろ」と変化しても「似たようなもの」とする感性になっていては、自分で意識することなく、相手の誤解を誘うことになってしまう。

 誰かの発した言葉の全部を伝えるのが難しいことは、記事を書く上でも、他人への口頭伝達でも同じ。どこをどう抜き出すかで、読む人、聞く人与える印象が変わってしまう。
 さらに、「言った」「語った」だけでは味気ないので、文章の締めの言葉もいろいろ使う。どういう言葉で締めるかでも、その人の感性が表れる。
 特に今は、言葉の一つひとつが重みを持っている時期だ。この仕事を続けていくからには、感性を鈍らせてはいけないなと、この日つくづく思った僕だった。
(2009年9月1日)
〈EXTRA〉
 最後の文の「この日つくづく思った」を好きな言葉に替えて遊びましょう。
例:「決意を新たにした」、「強がった」、「吐き捨てた」、「唇をかんだ」、「言い訳した」、「自分を戒めた」、「ほくそ笑んだ」、「冷ややかな目をした」…。
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