Weps うち明け話
#199
耳なし芳一
 小学2年生のとき、「少年少女世界の名作文学全50巻」というのを買ってもらった。1巻ずつ「アメリカ編」とか「北欧編」とかサブタイトルがついており、その地域の作品が3~10点ぐらいずつ収録されていた。すべて有名な作品ばかりだが、全部子ども向けに書き直されていたので、何とか読むことができた。今にして思えば、この子ども向けにリライトされたものを読んだだけでオリジナルを読破した気になってしまったのは、弊害といえば弊害だったかもしれないが、漫画好きの子どもが活字好きになるきっかけとしては決定的に重要なものだった。気に入ったものは、中学生なってから学校の図書館で「本物」?を借りて読んだ。両親がこの全集を買ってくれなかったら、僕は今ごろこんな仕事をしていなかったかもしれない。感謝している。

 毎月1巻ずつ配本になるやつだから、全部そろうのに4年以上かかったことになるが、もし50巻まとめてドーンと配達されたら、ちゃんと読んだかどうか。興味を引いものだけつまみ読みして結局半分も読まなかったに違いない。1か月に1巻だから読むには十分な時間がある。初めは面白そうな作品から読み始めるが、最終的には1巻のほとんどを読むことになる。
 TVゲームやビデオがある時代ではない。暗くなるまでは外で遊んでいたが、夕食後は20時まで茶の間にいていいが(つまりテレビを見ていい)、20時を過ぎると自分の部屋に行って蒲団に入らなければならない。だが蒲団の中で眠くなるまで本を読むのはOKで、それは漫画でも何でも良かった。たしか僕は「名作文学」以外に、「小学○年生」と「少年画報」(月刊の漫画誌)を毎月買ってもらっていたはずだ。だが読み終えるのに時間がかかるものではなく、何度も読むとさすがに飽きるから、初めは敬遠した「名作文学」の作品にも手を伸ばすことになる。お腹がすけば、あまり好物でなくても食べる。それと同じだ。その点でも、こういうルールを作ってくれた両親に感謝しないといけないだろう。

 さて「名作文学」の中でどういう話が読まれずに残っているかというと、詩集。哲学的なもの(「車輪の下」は結局読まなかった)。カタカナの名前が長いもの(だからロシア文学は苦手だった)。
 そして怖い話。
 今でも怖い話は好きではないが、子どものころはもっと嫌だった。「クリスマス・キャロル」を読んでいたら、途中で幽霊が出てきたから読むのを止めて、翌朝明るくなってから続きを読んだ記憶がある。
 だから「名作文学・日本編」に小泉八雲の「耳なし芳一」が収録されていても、なかなか読まなかった。こんなタイトルからして怖そうな話、誰が読むものか。
 だが、話を知っているからいつの間にか読んだのだろう。読んだ後、僕はたいてい主人公の気持ちになっていろいろなことを想像する。ギターは少し弾けるが、琵琶は弾けないし、平家物語も語れないから、そこのところの想像はリアリティーに欠ける。想像するのはたいてい、平家の亡霊たちが周りにいて自分に呼びかけているのに声を出してはいけない、というところだ。
 身体中に経文を書かれたというが、どんな密度で書いたのだろう?昨日まで付き合っていた人?から名前を呼ばれて返事もしない、というのは失礼じゃないか?咳が出そうになったらどうしよう?そんなことより耳を引きちぎられて、うめき声も上げないなんて無理じゃないか?などなど。

 ふと、この「耳なし芳一」の話を思い出した。何故かというと…。
   レッズはこのままじゃ勝てないぞ、フィンケじゃ駄目だぞ、選手は嫌がってるぞ、波紋を呼ぶぞ、異変が起きるぞ、と周りからこれだけ言われても動じず、チームを応援し続けて、山形戦、川崎F戦の勝利を勝ち取ったレッズサポーター。勝ったら勝ったで、やれカウンターに戻っただの、やっぱりパスサッカーじゃ駄目だの、耳元で囁かれたが、その言葉にもぶれない。今年はそういう声を相手にしない、と決めたらそれを貫き通している様子が、耳なし芳一のようだ、と思ったからだ。

 経文を書き忘れた場所?
 それはないんじゃないか?クラブの中にもいないだろうしなあ。
(2009年9月30日)
〈EXTRA〉
 「少年少女世界の名作文学」は1巻480円だったと記憶している。屋台のタコ焼きが3個で10円、ラーメンが60円、週刊少年マガジンが40円とか50円だったはずだから、ずいぶん高価なものを買ってもらっていたものだ。
  怖い小説を読んでいて嫌なのは挿絵。必ずしもおどろおどろしいものではなかったが、ページをめくっていきなり挿絵が出てくると、ドキッとした。だからページをめくるときに、まず薄目で見て挿絵がないかどうか確認していたと思う。
  耳なし芳一のたとえ話、イマイチ出来が良くなかったような気が…。懲りずに明日、もう1回。
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