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土田尚史「クリア!の声が聞こえる」

第五部 ゴールキーパーとして

⑦ 初めて打ちのめされた

 1989年、土田尚史は三菱重工に入社した。午前中は会社に出勤し、午後は調布のグラウンドで練習。夜はグラウンドから世田谷の寮に帰る、というトライアングルの生活だった。

 サッカー部に入った当初、土田は思っていた。

「先輩GKはいるが、おれだって日本代表BのGKだ。すぐに追い越してレギュラーになってやろう」

 目標の前半はすぐに実現した。そして後半の部分はものの見事に打ち砕かれた。

 当時、三菱が所属していた日本リーグ2部の試合に出場し、土田は自分のプレーがまったく通じないのを知った。

「うそだ! こんなはずはない」

 この年、リーグ戦3試合に出場した土田だったが、自信を取り戻すどころか、ますます打ちのめされるだけだった。

 これまでも、自分は高校からサッカーを始めたのだから他人より技術で上回っているとは思わなかった。しかし、持ち前の気合でそれをカバーしてきたのだった。精神力では補いきれないものがあると知ったとき、土田は初めて落ち込んだ。

「おれの根性はこんなもんだったのか」

 精神力の強さに自信があった土田だったが、気持ちが高揚していない自分に初めて気がついた。練習がきついこともあったが、身も心もボロボロになった日々だった。荒れて、失点した直後にゴールポストを殴り、こぶしを折ったこともあった。一時は練習に行くのも嫌だった。

「GKの練習を一からやり直すしかない」

 土田は自分を本格的に鍛え直した。基礎からもう一度練習した。1990年も終わるころ、ようやく気持ちに余裕が出てきた。それがGKとして自分が少し変わってきたことを実感できた時期でもあった。

 逃げ出したくなった。しかし逃げたら、そこで土田のサッカー人生は終わっていた。この苦闘の1年半の間に、土田は一つの考え方を身につけた。

「できないことは、すぐにはできない。できるようになる努力をすればいい」

(続く)

 

(文:清尾 淳)