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- サッカー人生ハーフタイム
西野努「神戸大で何が悪いねん!」
第一部 神戸大学出身のJリーガー
② 税理士になるつもりで
Jリーガーとして普通にプレーしていても、「浦和レッズの西野」ではなく、いつまでも「神戸大の西野」と呼ばれることが西野は不満だった。
「これだから国立は嫌なんだよ」
レッズの練習で言われる言葉は、冗談だとわかっていても、顔でしか笑えなかった。
だが、ほとんどのJリーガーが大学、高校在学中に、あるいは中学生のころからプロサッカー選手を意識していたことを思えば、西野の進路希望は彼らとはやや違っていた。
西野が通っていた奈良市立二名中学校のサッカー部は県大会の決勝常連という強豪だった。西野も3年間在籍していたが、目立った選手ではなかった。ポジションはボランチかセンターバックのスイーパー役。奈良県のトレセンに呼ばれたこともなく、レギュラーになったのも3年生になってからだった。PK戦で先発キッカーの5人に選ばれたこともなかった。
西野がサッカーを始めたのは小学6年生。静岡から来た担任の教師がサッカー少年団を作ると、周りの友達が何人も加入した。
「みんな、入るんか。なら、俺もやるわ」
中学でも、その流れでサッカー部に入ったようなものだった。
高校は、県立では県内一の進学校、奈良高校に進み、やはりサッカー部に入った。
3年生に進級して文科系と理科系に分かれるとき、数学が好きだから理系を選ぼうとしたが、家族に相談すると父親が言った。
「おまえ、将来やりたいことはあるんか?」
「いや。今のところ別にない」
「ないんなら俺の跡を継ぐのも悪くないぞ」
父は税理士事務所を開業していた。
「それもええなあ…。よし、そうしよう」
初めて自分の進路について真剣に考えたときだった。西野は文系を選択し、大学も自分の将来に合わせて決めた。
神戸大学経営学部会計学科。学年で450人中30番から40番の成績だった西野は現役で合格した。在学中に資格を取得するつもりだった。
(続く)
(文:清尾 淳)