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西野努「神戸大で何が悪いねん!」
第三部 メモリアルゲーム
① 「この試合、いけるで」
「やっぱり強いな」
相手のFW、武田修宏に何度も振り切られて西野努は実感した。
1993年5月29日、駒場競技場。日本初のプロサッカー、Jリーグが始まって5戦目になるが、レッズはここまでわずか1得点で、開幕4連敗を喫していた。
西野は前節、ジェフユナイテッド市原戦でJリーグデビューしており、このヴェルディ川崎戦が2試合目。左サイドバックで起用されていた。
ヴェルディも当時2勝2敗と、絶好調ではなかったが、Jリーグ発足前からのプロ集団は、個人技、連係、試合運びなどすべての面でレッズを上回っていた。プロ1年生の西野はスピードやテクニック、さらには当たりの強さなどにほんろうされ、ファウルで相手を止めるしかなかった。
Jリーグ第5節・ヴェルディ川崎戦に先発した西野 (前列左から2人目、1993年5月29日/駒場競技場)
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この試合も前半早々に失点し0-1で折り返すという劣勢だったが、レッズの選手たちは尻尾を巻いていなかった。ヴェルディには前年Jリーグヤマザキナビスコカップ予選リーグと天皇杯準決勝で惜敗。また日本代表選手を何人も擁するスター軍団。通常以上に闘志を燃やすには十分すぎる相手だった。さらにホームスタジアムのムードが負けを感じさせなかった。
「あ、入った!」
後半4分、河野真一のゴールで同点。
後ろから見ていた西野は決まると思っていなかった。これまで常に先制されており、追いついたのは初めてだった。スタジアムが一段とヒートアップする。
勢いづいたレッズだが、ヴェルディの強さは変わらない。西野のサイドを抜けた武田にパスを通され、シュートがネットを揺らす。
「やられた!」
唇をかんだ西野だったが、スタンドから「ハンド!ハンド!」の大合唱が起こる。そのコールに押されるように、岡田正義主審が副審に駆け寄り確認する。
ノーゴールの判定。
「ふう。ハンドやったんか」
武田がロングパスをトラップしたときに、バウンドしたボールが手に当たったらしい。西野からは見えなかったが、近くにいたバックスタンド側の伊崎公男副審は見逃さなかった。だが、それもゴール裏のレッズサポーターが懸命にアピールした“たまもの”だった。
「いけるで、この試合」
西野は、いつの間にか相手に脅威を感じなくなっていた。
(続く)
【メモ】
西野努(にしの・つとむ)1971年3月13日、奈良県生駒市生まれ。県立奈良高校から神戸大を経て93年にレッズ加入。DF。加入1年目にJリーグデビューを果たしたが、その後骨折により約1年半のブランク。95年に復帰した後も出場機会は少なかったが、97年からレギュラーとして復活した。2001年を最後に現役引退。スカウトなどクラブスタッフとして活動。その後、イギリス・リバプール大学に留学しMBA(経営学修士)を取得。以降はOBとしてレッズと関わりながら、スポーツビジネスに取り組み、会社経営、大学の客員教授など多方面で活躍してきた。2019年12月、チーム強化の実務を担当する、浦和レッズ・フットボール本部テクニカル・ダイレクターに就任した。
(文:清尾 淳)