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土田尚史「クリア!の声が聞こえる」

第三部 ケガ、リハビリ、復帰

④ 「大きな声を出さないでくれ」

 ゴールデンウィークを過ぎたころに、ようやく普通の練習をしてもよい、という許可が医師から出た。これまでチームの練習を見ると、つい力が入ってしまうから、チームの練習時間を避けて軽いジョギングだけしていたが、ようやく全体練習に合流できた。

 右目の眼球内出血から2か月余り。練習らしい練習をしてこなかった身体は、思うように動いていくれない。プロ選手は練習を休んだら、コンディションを戻すまでに、それと同じかそれ以上の期間がかかると言われる。

 相当なペースで身体を作っていかないと、いつになったら復帰できるかわからない。

 土田はケガする前と比べても張り切って練習を再開した。土田の一番の特長は大きな声である。サッカーでは「後ろの声は天の声」というほど、後ろのポジションからかかる声は大事だ。

 チームの最後方に位置するゴールキーパーとして、土田は常に大きな声を出してきた。それは練習でも同じだったし、自分のプレーにリズムをつけるだけでなく、周りの仲間を励ます意味で、グラウンド中に響けとばかりに叫んできた。

「オーケー!」

「さあ、元気出していこう!」

 ある日、土田はサテライト担当のコーチに呼ばれ、こう言われた。

「大きな声を出すのを、やめてもらえないか」

「なんですって?」

 そのころレッズの正GKは田北雄気が務めていた。田北は土田より一つ年下で、92年のレッズ誕生の年に、当時のNTT関東(現・大宮アルディージャ)から移籍してきた。

 93年は公式戦17試合に出場したが、94年はケガのため出場なし、95年は5試合のゴールを守っただけだった。

 この96年は、開幕からずっと先発出場を続けていた。田北にとってレギュラーの座を奪う絶好の機会だったし、実際に正キーパーとしてここまで恥ずかしくない成績を収めてきた。

「声出すなってどういうことですか」

「田北の気が散るからやめるように、オジェック監督が言うんだ」

 コーチはさすがに言いづらそうな表情だった。

(続く)

 

(文:清尾 淳)