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土田尚史「クリア!の声が聞こえる」

第五部 ゴールキーパーとして

③ 欲しかった、自分を変えるもの 

 岡山理大附属高校に入る前の土田尚史は決して真面目な中学生ではなかった。本人の言葉を借りれば「文字にはできないような」生活を送っていた。前向きに努力する、ということからは逃げていたのだった。

 しかし心の中ではどこかに「これじゃ、おえんのう」という思いがあった。できることなら、ふざけた毎日から抜け出したい。自分を変えたい。知らず知らずにその拠り所となるものを求めていたのも確かだった。

 経験の少ないサッカー、それもまったく未経験のゴールキーパーをやらされているうちに、土田は夢中になっている自分に気がついた。

「ワシ、こんなに何かにのめり込んだことがあるじゃろうか」

 初めて前向きにトライしたのがゴールキーパーだったかもしれない。高校1年生の夏、先輩GKがケガして土田がインターハイ予選に出場したことも、面白さが増すきっかけになった。

 初めてダイビングキャッチができた。以前は取れなかったボールが取れた。だんだんうまくなっていく自分に酔っていた。

土田

キャプテンを務めていないシーズン、

試合でキャプテンマークを

付けることも多かった土田

(写真は1994年)

 

 友人との関係も変わった。サッカー部の友人は同じ方向を向いている仲間だった。その仲間たちと一緒に努力することが楽しかった。

 高校2年のとき、インターハイの県予選でベスト8まで進んだ。土田の年代にはうまい選手が多かった。

「こりゃあ、そこそこいけるんじゃないか」

 高校選手権の県予選ではベスト4にまでなった。さらに3年生のときはインターハイ、高校選手権ともに県ベスト4だった。岡山理大附属高校サッカー部、始まって以来の好成績だった(同校は2000年度の第79回大会が全国高校サッカー選手権初出場)。

 サッカーが、いやゴールキーパーが土田の生き方を変えるきっかけになったのだが、この年はさらに人生を左右する出来事があった。

「土田、おまえ国体のメンバーに入ったぞ」

「うそじゃろが!」

 監督に言われてびっくりした。

 インターハイ予選の間に、人一倍大きな身体と声が指導者たちの目を引いたのか、土田はこの年奈良県で行われた国民体育大会の岡山選抜に選ばれたのだ。 

(続く)

 

(文:清尾 淳)