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Weps うち明け話 #1116

明後日(2021年12月10日)

 

 

 少し前の話から始まるが、ご容赦願いたい。

 

 11月20日、Jリーグ第36節の横浜FM戦で久しぶりに復活した旗の波。あれを初めて見た、という人がもしいたとしても、感動的だったのではないか。

 

 その前までの応援風景は、ゲート旗やマフラーを掲げることはできても、それはある意味で「静止画」だった。

 しかし、あの20日は「動画」だった。スタンドで多くの旗が振られる様は、まさに波のうねりのようだった。

 そして、あの光景がすでに脳裏に焼き付いている人は、同時に声援も頭の奥で聞こえていたに違いない。「アレオー アレオー」なのか「アレ アレ アレ」なのかは人によって違うだろうが、僕の中ではあの旗の波と声はセットになって記憶されている。できることなら「アーレ フォルツァ ムトウ」をもう一度聞きたかった。

 ともあれ、あの日は応援が一段階上がった、いや一段階元に戻ってきた気がした。

 

 そして27日、また静止画から動画へ復活したものがあった。

 阿部勇樹引退セレモニーの後、北のゴール裏に浮かんだ「07、17、ASIAN KING」のビジュアルだ。

 え、あれは静止画だろ?

 違う。完成したところだけを見れば、そう見えるかもしれないが、人しかいなかったスタンドに、徐々にかつ一斉に、あのデザインが浮かび上がってきた過程はまさに「動」だし、完成した後も一枚一枚のビニールシートが、ただそこに置かれているのではなくその場のサポーター一人ひとりが掲げているのだ。体操競技の吊り輪で「静止技」がひときわ光るようなものかもしれない。

 動が作り出す静。そこには通常の静とは、また違う価値がある。

 

 今季加入した選手たちに、これまで何度か質問したことがある。

 ピッチに入場したとき、スタンドにデザインが施されているのを見てどうだったか。

 

「凄いと思った」

「レッズのホームだなという感じがした」

「ASIAの文字でACLを強く意識した」

 

 昨季は、コロナ禍の入場制限で人がいないエリアにサポーターの写真を置くなどして満員の雰囲気を出そうとするクラブもあった。それはそれで面白い試みだったと思う。

 レッズの場合はエリアをビジュアル応援に活用してきた。レッズらしい取り組みだったと思うが、2年間続くと誤解されてくるかもしれない。

 あのビジュアルは、コロナ禍で席がまとまってたくさん空いているからこそできることなんだ、と。

 

 違うのだ。

 レッズの場合、人がぎっしり入っているからこそ、そういう試合だからこそ、サポーターはビジュアルをやってきたのだ。

 出来上がったところは、この2年間スタンドに描かれてきたものと似ているが、そこにいる一人ひとりが意志を持ってビニールシートを掲げ、みんなで一つのデザインを完成させるビジュアルサポートからは、人の息吹を感じる。そしてシートを掲げることによって、この試合に対するサポーターの気持ちがより高まっていくに違いない。

 

 スタンドに絵や文字が浮かび上がる、その数秒間の素晴らしさは何と伝えればいいのか。サッカーにたとえて、サイドからクロスが上がり、中に走り込んだ選手がボレーでシュートを決める、その一連の流れのようだ、と言えば合っているだろうか。

 新加入の選手たちが今季のビジュアルを見て心を動かされたと言うたびに僕は、満員のスタンドでサポーターが描くビジュアルを彼らに見てもらいたい。その後押しを受けてプレーしてもらいたい、と考えていた。

 

 27日のビジュアルは、正直言って“いつもの”精密さには欠けていた。

 それは無理もない。あの日のスタンドは市松模様にしか人が入れられなかったのだから。通常なら一人ひとりがビニールシートを持つ方式のビジュアルを行うのは断念していたのではないか。

 敢行したのは、阿部に対して最大のリスペクトを示すのに、いま自分たちができる最良の方法で、ということだったのだろう。

 

 天皇杯の準決勝、決勝では入場者数の制限が緩和ではなく撤廃される。プロのサッカーというイベントにおいて入場者の数は興行としてももちろんだが、試合を構成する要素としても大きな位置を占める。

 感染対策は十分にしなくてはならないし、まだ声は出せないなど、制限が全部撤廃されるわけではないが、大きな前進(元に戻るだけだが)だと思う。

 

 今回の入場制限撤廃は、来季に向けての実証実験ではないかと言う人もいる。

 薬の治験と同じで、どこかで通らなくてはならない道だが、入場制限を撤廃したところで実際に人がそれだけ入らなければ意味はない。明後日からの3試合をフルキャパで開催可能としたのは、それから考えても妥当なことだと思う。

 

 同時に、応援の実証実験にもなるのではないか。

 1993年のJリーグスタートから、レッズサポーターは応援のあらゆる面で開拓者だったと思っている。

 ふがいない試合では味方にもブーイングというのは、それまでの日本人の考えの範疇にはなかっただろうし、失点したらボールがセンターサークルに戻るよりも早く「浦和レッズ」コールを始めたのもレッズサポーターが一番早かったと記憶している。

 試合中、常にドンチャカやるのではなく、落ち着くとき、急ぐとき、うつむき加減の顔を上げさせるとき、リードしたまま試合を収めるとき、イケイケのときなど、試合の流れに合わせた応援、ともすれば試合の流れを作るような応援も、レッズが先陣を切っていた。

 

 ビジュアル応援においてもしかりだ。

 人々が思う二歩ぐらい先、一般的な想像の範囲を超えることをやってきたのは間違いない。だからときどき、周りが慌ててしまうこともある。

 声を出せないという制限下で、どれだけのものができるのか。

僕は何も想像しない。たぶん僕の想像は次元が低すぎると思うから。目の前で起きたことを伝えることには多少の自信もあるが、ゼロから何かを作る才能はない。

ただ、明後日、浦和レッズに勝って欲しい。それだけだ。

 

 リカルドに明日、何と言おう。

 Vamos a la final juntos.

 かな。やっぱり。

 

(文:清尾 淳)