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Weps うち明け話 #1178

一法師央佳の現役引退にあたって(2023年10月26日)

 

 昨日、残念な発表があった。

 三菱重工浦和レッズレディースの一法師央佳(いっぽうし・ひろか)が10月末で現役を引退する。

 

 一法師はジュニアユースからユースを経て、レッズレディースに昇格した生え抜きの選手。年代でいうと、福田史織や島田芽依の1年上、高橋はなの2年下で、2020年にトップ昇格した。

 アカデミー時代は、得点力のある攻撃的MFでFWを務めることもしばしばあった。自分の年代より上のチームで出場することも多かったと思う。テクニックがあって、大柄な体を生かして相手DFとの競り合いに勝ってシュートを決める。そんなシーンがあったように記憶している。

 しかし、トップに昇格してからはずっとケガに悩まされ、公式戦への出場は一度もなかった。

 彼女が試合に復帰したとき、書こうと思っていたエピソードを紹介する。こんな機会になってしまったのが悔しいのだが。

 

 今年の5月3日、レッズランドで「キッズフェスタ」というイベントが行われた。レッズランドとレッズ後援会の共催で、地域のファミリーが集まって、半日楽しく遊ぶという催しで、今年で2回目になる。ACL決勝第2戦の3日前という、忙しい日だったが幸いなことにレッズの練習時間が午後になったので、昨年に続いて僕も手伝いに行った。といっても記録写真を撮っただけだが。

 

 イベントが終わりに近づいて閉会式になり、参加者が全員集まった。そこへレッズレディースの選手数人がやってきた。

 当時、WEリーグ優勝に向かって首位を走っていたレッズレディースは、この日アウェイのサンフレッチェ広島レジーナ戦で、当然遠征メンバーはもう広島にいた。メンバーに入っていない選手がレッズランドで練習をしており、それが終わって閉会式に来てくれたのだ。今思うと、12時からの閉会式に合わせて練習時間を調整してくれたのかもしれない。たぶん通常はもっと早く終わっていたはずだ。

 

 選手たちは並んだ順に一人ひとり、自己紹介と何か一言ずつ話していった。

 一法師の番が来た。自己紹介や挨拶のあとに、「それと…」と続けて彼女は話し出した。

「今度の日曜日、5月7日、駒場スタジアムでレッズレディースは東京ヴェルディ・ベレーザを迎えてWEリーグのホームゲームがあります。優勝するために絶対に負けられない試合です。みなさん、ぜひ応援に来てください」

 録音していたわけではないから正確ではないが、主旨はこうだった。

 

 普通の試合へのお誘いで、何の不思議もない話だ。

 だが、当時の彼女はまだリハビリ中で、居並んだ選手たちの中で最もそのベレーザ戦に出場する可能性が低かったのだ。

 絶対に自分が出場しないであろう試合へのお誘いをする。

 自分が出る、出ないに関係なく、チームのことを忘れない。

 そのことが心に残った。その彼女の気持ちと行動に、うれしいというより、神々しさみたいなものを感じてしまったのだ。

 

 今季(2022/23シーズン)は無理でも、ケガが治ればきっと試合に復帰し、島田の良きライバルに、あるいは相棒になるに違いない。

 そう思っていたのだが、ケガとは別に新たな体の不調が見つかり、22歳の若さで現役引退を決意せざるを得なかった彼女の心境は察するに余りある。

 

 レッズレディースでの一法師央佳のプレーを見ることはできなかったが、アカデミー時代は楽しませてもらった。そのことに感謝し、2年10カ月の頑張りと、あの5月3日の言葉に敬意を表して、彼女のこれからの人生が素晴らしいものとなるように祈っている。

(2023年10月26日)

「次の試合に来てください」と呼び掛ける一法師(2023年5月3日)

高校1年生でユースのトップの試合に出場していた

 

(文:清尾 淳)