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Weps うち明け話 #1220

ホッとした理由(2025年1月28日)

 

 

 ホッとしました。

 

 その、ひと言が多くを物語っていた。

 皇后杯JFA46回全日本女子サッカー選手権大会決勝後の記者会見で、楠瀬直木・三菱重工浦和レッズレディース監督は「1年かけて(皇后杯を)獲れたことには、本当にホッとしました」というコメントを最初に発した。

 

 前年の決勝では、レッズレディースがINAC神戸レオネッサに1-0でリードしながら、後半アディショナルタイムも終わろうかというラストプレーでPKを取られ追いつかれた。そして延長では点が入らず、PK戦で7人ずつが蹴って6-5で敗れた。

 今回も早い時間に先制しながら前半のうちに追いつかれPK戦へ。追いつかれた時間帯は違うが、昨年と似た状況で、しかも相手のアルビレックス新潟レディースは準決勝で日テレ・東京ベレーザに0-1から終盤追いつきPK勝ちしているチームだ。

 そんな状況で勝てた。試合内容では1-1になってから互いにチャンスもありどっちに点が入ってもおかしくなかった。延長に入ってからは、藤﨑智子のシュートなど、ややレッズレディースに惜しいチャンスがあったように感じたがスコアは動かなかった。

 勝ててホッとした、という言葉に共感する人は多いだろう。

 

 だが楠瀬監督の心境を推測したとき「ホッとした」という言葉には、もっと多くの意味が含まれているような気がした。

 2021年に発足したWEリーグは、(おそらくだが)Jリーグの秋春制移行の露払いを課せられた。初年度は「2021-22シーズン」となった。それまで皇后杯は年内に優勝チームが決まっていたが、2021年に始まった第43回大会は年が明けてから準決勝、決勝が行われた。明らかにWEリーグと歩調を合わせたということだろう。つまり第43回大会は20222月に決勝が行われたが、それは2021シーズンの決勝と言って差し支えないだろう。そして、その第43回皇后杯はレッズレディースが制した。

 

 WEリーグ発足初年度、2021-22シーズンのリーグ王者はINACに持って行かれた。しかし、そのシーズンの皇后杯は制した。

 それが始まりだった。

 2022-23シーズンは新設されたWEリーグカップの初代王者になった後、WEリーグも初制覇した。

 2023-24シーズンはWEリーグを2連覇し、国内大会ではないが、新設されるAFC女子チャンピオンズリーグのプレ大会として始まったAFC女子クラブ選手権でも優勝した(なぜか決勝の前になって名称に「Invitational Tournament=招待大会」という言葉が追加され、公式大会色を薄めた意味は不明だ)。

 2024-25シーズン、3連覇を目指すWEリーグはまだ首位の座を奪えていないし、WEリーグカップは準決勝で敗れたが、皇后杯は3年ぶりの優勝を果たした。

 

 女子サッカーの国内トップクラブは現在、男子と同様3つのタイトルを争っている。レッズレディースはWEリーグ発足後、3シーズン連続で三大タイトルのいずれか一つ以上を手にしてきたが、今回の第46回皇后杯優勝で、その記録を4シーズン連続に伸ばしたのだ。これはレッズレディースだけで、INACもベレーザも無冠のシーズンがある。

 この連続タイトル奪取記録を2024-25シーズンも継続することができたことに、楠瀬監督はホッとしたのではないか。それを確かめたくて、思わず質問の手を上げてしまった。

 

 楠瀬監督はこう語った。

「レッズレディースを常勝軍団にしたいという思いはありますので、そうすると『2位ではいけない、1位でなくてはいけない』と選手たちにも言っているので、それはやはり体現させてあげないといけない。どちらのチームにも勝てるチャンスはあるが、優勝を引っ張り込む力がないといけない。たとえば今日負けていたら、どんな言い訳をしようか。苦しい試合になったが、勝てるチームというのはそういうときにも勝てる。そっち(側)に行きたい。

 だから次もタイトルが獲れると決まったわけではないが、勝つということは本当に良い事なんだ、ということをクラブ全体、選手にもう一度知らしめたいと思ったので、そういう意味でホッとしたな、と」

 

 聞きながら、自分の考えが当たっていたことを知ると同時に、監督の口からこれを語らせるのは良くなかったのではないか、という気持ちも芽生えた。何か楠瀬監督がエラそうに思われてしまうのではないか、と。

 だが、ふだんから「レッズレディースが日本の女子サッカーを引っ張っていかないといけない」と公の場で発言している楠瀬監督だから、今さら遠慮してもらわなくてもいい。

 日本の女子サッカーが発展していくためには、トップが全チームから目標にされ、「打倒○○」が合言葉になるような状況がいい。そして、その役割をレッズレディースが引き受ける。楠瀬監督はその覚悟をしているはずだ。

 

 この日、何人かの選手に「レッズレディースはタイトルを獲らなければいけないチームだという自覚は、選手たちにあるか」という質問をした。

 

◎柴田華絵

「何かしらのタイトルというか、本当に一つ一つ勝つ。そういう気持ちで選手たちはやっています。準決勝で負けたWEリーグカップは、ちょっとしたところの自分たちの弱さに気づかせてもらえた大会でもありました。だから、よりいっそう皇后杯は獲ろうという思いがチームの中にあったと思います。優勝したというのはみんなの自信にもなったと思いますし、勝ちきれるチームなんだというところは持てていると思います」

 

◎栗島朱里

「このチームにいる限り、勝つのが当たり前ってなってるし、そういうチームじゃなきゃいけないって思ってるんで、結局ここで負けたら勝負弱いってなるじゃないですか。そういう自分たちにはなりたくないんで、ここで今日勝てたことは大きいと思うんです」

 

◎高橋はな

「カップ戦を逃して、チームとして非常に悔しい思いをしましたし、そこで迎えたこの皇后杯でいうと、やっぱり昨年最後の最後でやられたという現実を突き付けられたので、この皇后杯を獲るために、私たちは本当に全員が自分に誓ってきました。今いろんな状況がある中でも、今のこのチームで1つ目のタイトルを獲れたことは非常に良かったと思います」

 

 監督だけではなく、選手が「自分たちは勝たなくてはいけない。タイトルを獲らなくてはいけない」という思いを言葉だけではなく、しっかりと飲み込んでいる。王者のメンタリティーが根付きつつあるように思う。

 

 そして楠瀬監督の最後の言葉が僕の胸に刺さった。

 

「…勝つということは本当に良い事なんだ、ということをクラブ全体、選手にもう一度知らしめたいと思った…」

 

 この「クラブ全体」とは、もちろんクラブ全体だろう。そして「選手」とはレディースの選手たちのことだろうが、僕は浦和レッズの選手たちに心底から理解してもらいたい。

 勝つということは、タイトルを獲るということは、どれだけ良いものなのかということを。

 

EXTRA

 4年連続タイトルを獲ったと言っても、今年の皇后杯はPK勝ちじゃないか。新潟とほとんど差はなかったわけだから、あまり威張らないでもらいたい。

 

 そんな声が聞こえたわけではない。自問したのだ。PK戦による勝利を「タイトル獲得」と高らかに言っていいのか、と。

 少し悩んだが、あることに気が付いた。

 昨年の決勝。PK戦でレッズレディースが負けた。悔しくて悔しくてならなかった。PK戦だから力の差はなかったと言っていい。だが、その考えはなんの慰めにもならなかった。タイトルを獲るために戦った。そして獲れなかった。その事実は何をどうしても動かない。

 

 そうか。その裏返しか。PK負けの悔しさを考えれば、PK勝ちという結果の価値がよくわかった。4年連続を高らかに言おう。そして、これで満足はしない。

 

(文:清尾 淳)