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Weps うち明け話 #1245
フラッシュバック(2026年2月26日)
小さな選手が大きな仕事をした。
早川隼平は163cm。クラブ公式発表ではチームで一番身長が低いが、サッカーではそれが必ずしも不利とは言えない。上記の「小さな選手」は「大きな仕事」にかかる修飾語だと思ってくれればいい。
2月21日、明治安田J1百年構想リーグ第3節、横浜FM戦、日産スタジアム。後半に先制したところまでは前節・FC東京戦と同じ。前半は横浜FMに危険な場面を何度か作られていたので、1-0のままだと前節の二の舞を演じてしまう可能性がある。2点目が欲しい。
そんなことを思っている中、60分に柴戸から二田へ、肥田野からイサークへ。83分に関根から石原へ、金子から早川へ。次々と選手が交代していった。
前節は、結果として選手交代が勝利を引き寄せる方に作用しなかった。今回はプラスになってくれよ、と心の中でつぶやいた。
レッズの交代はポジションチェンジを伴うことが多い。60分の交代で渡邊凌磨がボランチに下がり、二田がトップ下に入ってFW的な役割もしていたが、83分の交代では早川がそのまま金子に代わって右サイドハーフに入るのか、それともボランチに入って凌磨がトップ下に戻るのか…などと確認している間に、サヴィオがボールを奪ってスペースへ…。あら、隼平がフリーじゃないか。
サヴィオは「ボールをトラップした瞬間、フリーの隼平が見えたのでパスを出した」と言った。ビッグチャンスをもらった隼平はトラップするとツータッチ目で前へ運び、スリータッチ目でシュートした。僕の頭には、後半立ち上がりに肥田野蓮治が同じような位置から狙ってGKにセーブされたシーンがよぎったが、隼平が蹴ったボールはGKの横を抜けてネットを揺らした。
そのとき、いろんなことを思い出した。
4か月前の2025年10月18日。このスタジアムで行なわれた横浜FM戦に隼平はシーズン初先発したが結果は0-4の大敗。攻撃的な選手として一矢も報いられなかったことが悔しかったのだろう。この試合の後、まるで自分が“戦犯”であるかのようなことを口にしていた。
2023年10月11日には、ここでYBCルヴァンカップの準決勝第1戦が行われた。この試合で先発した隼平は18分に負傷交代してしまう。そして61分にPKで先制され、0-1で敗れた。ハンドでPKを取られたのは隼平が兄のように慕うレッズアカデミーの先輩であり同じ川越出身の荻原拓也だった。
同年10月15日、埼スタで行われた同第2戦。隼平は先発の11人に名を連ねていた。足首の捻挫が4日で完治するとは思えないが、21歳以下の選手が1人は先発しなければいけない規定のため、あらゆる方法で無理を無理でなくしたのだろう。後半、まずエリア内で隼平が倒されPK。トータル1-1にすると、今度は荻原のクロスが相手の手に当たり再びPK。2試合合計2-1となり、レッズが決勝進出を決めた。隼平と荻原。第1戦で悔しい思いをした2人が同点と追加点に絡んだ。
ただ、2024年~25年はレッズでの出場機会が激減(2024の年後半は岡山に期限付き移籍)。左サイドバックやボランチなど、本意ではないポジションでの練習をしながら戦術眼やスキルを磨いていった。
そして2026年の沖縄キャンプ。「今年はメンバーとしてピッチでプレーするまでは話したくない」と言う隼平に無理を言って取材した。そこで、試合に出たいという思いや不本意なポジションでの練習も自分のプラスになると信じて取り組んでいることなどを聞いた。
文字にするとこれだけの長さになる。そのエッセンスだけとは言え、一瞬で同時に浮かんでくるのだから、人間の脳は素晴らしい。あれがフラッシュバックというのだろうか。
僕は思わず右手を突き上げかけたが、ここが日産スタジアムの記者席であることを思い出し、かろうじて前に突き出すにとどめた。
隼平はレッズデビューが高校3年時だったことや身長を含めた外見の“幼さ”などもあり、若手と見られがちだし、生年月日で言うとチームで下から5番目だから実際に若い(今年の12月5日で21歳)。
だがレッズデビューしたのは2023年4月だから、今のレッズで早川より長い“レッズ歴”を持つ選手は10人に満たない。それだけ考えれば中堅と言われても良い存在だ。
レッズの中でも最も厚いと思われる二列目に、また一人有力候補が加わった。
(文:清尾 淳)

