Weps うち明け話 文:清尾 淳

#427(通算#792)

肉声

 埼玉新聞社で広告営業をやっていたころ、選挙広告というのも重要な分野だった。たしか埼玉県議会議員選挙のときだったと思うが、旧浦和市内を上司と車で走っていて、ある候補者のポスターが非常に目についたことがある。
「○○さんのポスター、すいぶん多いですね」
 そう話しかけた僕に上司はこう答えた。
「駄目だよ、電柱ばっかりだから」

 薄いベニヤ板や厚紙で裏打ちされた宣伝物を紐や針金で電柱に固定した、いわゆる「捨て看(板)」は、軽犯罪法や条例に触れるものだ。だから、あまり日中堂々と張られることはなく、取り付けは夜中に行われることが多い。一応、それぐらいの知識はあった。
 上司が言うには、電柱への捨て看ポスターは、誰にも了承を得ず付けていくものだから、数は多いし、たしかに視覚的宣伝効果はあるが、その地域でその候補者への支持が多いということにはならない。1軒1軒、了承を得なければならない商店や民家、ビルの壁などにどれだけポスターが張ってあるかが、支持の多さを示す目安になる、ということだった。
 選挙の当落で言えば、どれだけ多くのポスターを目にしようが、どれだけ頻繁に選挙カーの声を聞こうが、誰かから直接その候補者の人柄や政策を語られ、投票依頼された方が心には落ちる、ということだろうか。言葉、それも肉声の持つ力というのは大きい。


 レッズのホームゲームでたまに、試合の何十分か前に1人のサポーターがトランジスタメガホンを持ってメーンスタンド、南ゴール裏、バックスタンドを回る。

 曰く。「今日はこういうビジュアルサポートをやる。今日はこういう意義にある大事な試合だからだ。皆さんの椅子の上にあるビニールボードを、こういうタイミングで掲げで欲しい。頑張ろう」

 だいたい1ブロックか2ブロックごとに同じ話を繰り返しながら移動していく。一周するころには汗だくになる。
 バックスタンドやメーンスタンドを含めたビジュアルサポートのときはもちろん、北のゴール裏だけで何かをやるときも、スタンド全体を回る。ビジュアルサポート以外のエリアであっても、今日の試合に際してこういう意図でビジュアルサポートをする、ということをファン・サポーターみんなの認識にしておきたいからだという。

 年に何回もあるレッズのビジュアルサポートに、多くのファン・サポーターは慣れている。入場した際に、椅子の上にビニールボードや小旗が置かれていれば、「ははーん、これが俺の受け持ちだな」と理解するだろうし、それを揚げるタイミングも、選手がアップに出てきたときや、選手紹介のときではなく、選手が入場してきたときだということも経験的に知っている。
 だが彼は必ずスタンドを説明に回る。初めて来る人もいるだろう、ということもあるが、それが仲間であるファン・サポーターに手間をかけさせる礼儀であり、また一つになって戦おうという意思表示でもあるのだ。


 11月2日のナビスコ杯決勝でも同じだった。レッズ側ゴール裏では、「エンブレムをバックに、ナビスコカップをつかむ腕」という凝ったデザインのビジュアルサポートが行われた。
 そのための準備も大変だったが、ファン・サポーターがスタンドに入場してくると、いつもの彼は、「椅子の上のボードは絶対に動かさないように」というお願いをずっとしていた。
 それは反対側の柏側スタンドでも同じだった。「椅子の上のシートは移動しないでください」という声が聞こえていた。
 その結果、選手入場時には、両方のゴール裏で素晴らしいコレオグラフィーが描かれた。内容に違いはあるが、そこに込められたサポーターの思いの強さに差はない、と僕は思う。


 10月17日、Jリーグのホームページ上で「国立競技場バックスタンドにおけるコレオグラフィー実施について」という告知があった。
 僕もこのコラムでそのことに疑問を呈したが、多くのファン・サポーターからも批判や反対の声が上がったようだ。そのことが、Jリーグのスタッフの耳に届いていなかったはずはなく、レッズからも申し入れがあったはずだ。
 しかし当日まで、取りやめるという発表もなければ、「絶対にやるので邪魔をしないでください」という再告知もなかった。

 決勝前日、バックスタンドにはコレオグラフィーのためのシートがきれいに並べられていた。そして当日、場内放送で何度か「ご協力をお願いします」というアナウンスが流れ(そのたびにブーイングが起きていたが)、選手入場の際、オーロラビジョンには「アナウンスを合図にカラーシートを頭上に掲げてください」という文字が出された。

 そしてバックスタンドがどういう光景になったかは行った人なら知っているだろう(バックの人はわからないか)。別にひどい有様だったわけではなく、通常の応援の風景の中に、「FINAL」という文字の残像のようなものが見えた。
 Jリーグは、このコレオグラフィー未満について、どう総括しているのだろうか。

 僕がいま一番憤っているのは、この件についてのJリーグの対応に人間の匂いを感じないことだ。
 10月17日に告知して以降、どれだけ反対の声を聞こうが、何も反応しない。シモジモの言うことに、いちいち対応はできない、ということだろう。
 それで自然に止めてしまうのかと思ったが、前日にはしっかり準備されている。
 そして当日は、場内アナウンスとオーロラビジョンだけで協力を促す。

 当日の国立には、どうしてこんなに人が必要なの? というほどスタッフがいた。会場警備のシミズオクトの係員とは別に、背広を着たスタッフが、いっぱいだった。もちろん外せない仕事をしている人もいただろう。だが、12時から12時50分くらいの間、空いている人間が十人ほどもいなかったとは思えない。どうして、スタッフが手分けしてバックスタンドを回り、肉声でコレオグラフィーの重要性と協力を切々と訴えなかったのか。レッズが非協力的であることは予想されたはずだ。本当に成功させたいのなら、場内アナウンスやオーロラビジョンによる、通りいっぺんの告知ではなく、人間の言葉で訴えれば良かった。本当に成功させる気持ちがあったのなら。

 予定を告知しました。反対されても構わず準備しました。場内アナウンスでもオーロラビジョンでも協力をお願いしました。でも、うまくいきませんでした。
 こんな報告をしたら、普通の会社なら間違いなく大目玉を食らう。何も生み出さず、Jリーグに対する不信感が強まっただけなのだから。
 お願いだから、サポーターに対して、人間らしい対応をしてくれ。肉声で話してくれ。

 候補者が有権者に直接語りかけるもせず、夜中にこっそり捨て看ポスターを電柱にいっぱい取り付ければ、当選できるだろう。そんな選挙戦術は通用しないよ。

EXTRA
 試合の結果について、3日も経って何か言うことはない。2日間、肩が落ちていたが、今日になっても落ちたままではいけない。残り4つの決勝。まずは仙台戦の向かって進もう。

(2013年11月5日)

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