Weps うち明け話 文:清尾 淳

#860

タコ

 タコの話だ。
 と言っても蛸ではない。タコ焼きは大好物で、それだけにまずいタコ焼きには怒りを覚えてしまうほどだが、今回それについては論評しない。
「耳にタコができる」という、あのタコだ。漢字だと「胼胝」と書くらしい。もちろん書けないし、いきなり見せられても読めなかっただろう。

 初めて意識したタコは「ペンだこ」だ。当時は鉛筆を持つ機会が今よりも圧倒的に多く、小学生になってしばらくすると、右手の中指の第一関節の左側が難くなってきたものだ。
 高校を卒業すると筆記用具を持つ機会が減るし、今では取材のメモを取るとき以外は長くペンを持つことがほとんどない。だからペンだこはだいぶ軟らかくなっているが、皆無にはなっていない。

 中学生になると、左の小指と薬指の付け根辺りを中心に両方の手のひらに硬い部分ができ始めた。
 剣道部に入った部員全員に「竹刀だこ」ができていった。さらに足の裏、特に親指の付け根辺りは何度も皮が破れては治り、硬くなっていった。おでこにできるという「面ずれ」ができたかどうかは覚えていない。3年生の夏休みが終わるまでの2年半、ほぼ毎日練習していたから、少々は硬くなっていたのかもしれない。面を打たれすぎて、いま頭髪に悪影響が出ているんだろうって? ほっとけ!

 高校生になってから硬くなったのは、左手の指先と人差し指の腹全体。中学時代から聴き始めたフォークソングにはまり、自分で歌うためにギターを始めたのだ。もし当時カラオケボックスが家か学校の近くにあったら、ギターを覚えなかったのではないか。カラオケならギターのように練習しなくてもいいから、その時間を勉強に回せたはずだ。そしたら大学も浪人せずに進め、違う人生を歩んでいたかもしれない。
 高校時代は、ギターを触らない日はなく、長いときは平日でも3時間以上、練習し歌っていた。京都で過ごした浪人時代も、初めはギターを実家に置いていたが、何となく寂しくてGWに規制したとき持ってきた。大きな声で歌ったり、ピックでかき鳴らしたりすることはできなかったが、勉強の合間にアルペジオやスリーフィンガーを練習した。
 大学に入ってからは毎日弾くことはなくなったが、一緒にやる友人もでき人前で歌う機会も増えた。社会人になっても5年間ぐらいは、たまに弾いていたが、徐々に仕事が忙しく、かつ面白くなっていって、いつの間にか全く触らなくなっていった。
 いま左手の指先に「ギターだこ」は残っていない。
 
 昨年、指宿キャンプに来たとき、鹿児島中央駅の近くに泊まった際、ホテルの横に「フォーク酒場」という看板を見つけ、入ってみた。店のマスターだけでなく、お客が誰でも店のギターを弾いてマイクで歌うことができる。身の程知らずにも、僕も挑戦しようとしたがギターを持った瞬間、「ダメだこりゃ」と感じた。一応コードを押さえてみるが、左手を見ないと場所が怪しい。しかも押さえ方が不十分で全然良い音が出ない。結局、自分もギターは持つものの、店のマスターに伴奏してもらって、二、三曲歌わせてもらった。
 今年も歌を聞きにその店に行ったが、初めからギターを持つことも遠慮した。
 もし今、鉛筆を持って1日7時間、10分ずつ休憩しながらノートに何かを書いていったらどうだろう。痛くて我慢できないほどではないにせよ、途中でペースが落ちてしまうだろう。
 もし今、竹刀を握って道場に立ったら、すぐに足の裏の皮がむけ、1時間後には手にマメができ、2時間後には破れているだろう。もちろん打たれ放題に鳴るのは間違いない。

 何かをずっと続けているとタコができる。初めは痛くて苦労するが、そのうち痛さを通り越して硬くなってくる。少しぐらい間を空けても軟らかくなることはないが、止めるとだんだんタコはなくなっていき、いざ再開したときは以前と同じようにはできなくなっている。

 この23年間、やめずにずっと続けているものがある。
 もしかしたら「レッズだこ」が、僕のどこかにできているのだろうか。はたして正しい位置にできているのか、一度見てみたいものだ。
EXTRA
 一昨日は2月21日。10年前の2月20日付けで僕は埼玉新聞社を辞め、フリーになった。それから丸10年が経ったということだ。
 まったくの成算がなくて独立したわけではないが、10年間ずっとやり続けられる自信がどこかにあったわけでもない。たくさんの人のおかげでここまでやってくることができた。とりわけレッズサポーターの存在がなければ、精神的に続かなかっただろう。もちろんレッズサポーターがいなければ、フリーになってまでMDPに関わり続けようとは思わなかっただろうが。
 次の10年はもっと良い10年にしたい。自分にとっても、浦和レッズにとっても、レッズに関わる多くの人にとっても。
 僕を支えてくれたみなさんへ感謝を込めて。

(2015年2月23日)

  • BACK
 
ページトップへ