Weps うち明け話 文:清尾 淳

#887

変わって欲しくないもの

そうか。武藤雄樹が背番号9か。
 去年の途中から、翌年は武藤か興梠が9番を付けるのもありだな、と思っていた。最終的にリーグ戦では武藤が13得点、興梠が12点とチーム最多得点を挙げたが、公式戦で見ると武藤は14点、興梠が16点なので、さてどうだろうと楽しみだった。

 昨日13日、レッズの背番号が発表され、武藤が9番となっていた。
 昨日は、サポーター公開の新加入選手記者会見で、その司会を務めた岩澤慶明さんが「背番号を変えた選手(特に柏木と武藤)について、クラブからの打診なのか本人の要望なのか、聞くのが楽しみ」と言っていた。僕もそれは全く聞いていないので、明日の始動日で本人たちに会うのが楽しみだ。
 
 武藤に関しては、性格的に自分から「今季は9番をください」と言い出すとは思いにくいのだが、昨季終盤の言動などを振り返ると「いや、それもありかな」と思い直した。以下、その理由だ。

 まずは、武藤自身、シーズン中「エースは興梠さんだと思っている」と何度か言っていたが、その興梠を抑えてチーム最多得点(リーグ戦)を挙げた自信は大きいだろう。ベストイレブンこそ逃がしたが、Jリーグ優秀選手賞を受賞したことも、自分の活躍がレッズ以外からも認められたという気持ちになるのではないか。実際、そのとおりだ。月間MVPも獲ったし。
 その上で、たとえばチャンピオンシップG大阪戦の後半アディショナルタイムに放ったヘディングシュートについて「自分があれを決めていれば決勝に進めていた」と反省していたが、たまたまあったチャンスを決められなかったというのではなく「決めるべき自分が、決めるべきときに、決められなかった」というニュアンスが伝わってきた。つまり、このチームが勝つために自分が点を取る、という意識が非常に強くなってきたのだ。断っておくが「俺が点取るからチームが勝てるんだ」という驕りではない。武藤雄樹という選手は「驕り」からは、かなり遠いところにあると思う。
 そしてレッズ2年目の今季は、注目度も昨季の開幕ごろとは比べものにならないだろうし、相手の警戒度も全く違ってくるだろう。その中で昨季以上の活躍をするという決意を示し、自分を後押しするものとして背中に「9」を入れたい、という気持ちになっても不思議ではない。仙台からレッズに来て大きく変わった武藤だが、まだまだ変わる余地はあると思うし、日本を代表するアタッカーとしての存在を確たるものにして欲しい。

 武藤と言えばすぐ頭に浮かぶ光景がある。
 昨年の3月17日(火)、アウェイでのACL北京国安戦。まだレッズでのゴールがなく、惜しいシュートを2本放った試合だったが、後半20分ごろ相手に左わき腹を蹴られ、負傷交代した。その試合後のことだ。
 取材場所であるミックスゾーンは、日本だとだいたい選手がロッカールームから出口に向かう動線を一部せき止めて作られることが多いが、北京の現地では、動線の途中で選手が設けられた部屋に入り、約10メートルの長さを歩いて突き当たりまで行って戻ってくる。その間に、話を聞きたい記者は選手を止めて取材する、というシステムだった。
 それほど問題はない構造だったが、武藤が姿を現したとき僕は目を見張った。彼はわき腹を押さえながら、国会の牛歩戦術より少し速いスピードでゆっくりゆっくり歩いていた。顔面は蒼白の一歩手前のようだった。普通に歩いたのではケガに響くからそうしているのだろう。帰るときに歩かなければいけないのは仕方がないが、その途中寄り道して部屋に入り、壁まで行ってターンしてくるというのは、肉体的にも精神的にもつらいだろう。通常なら広報が「武藤は今日は勘弁してください」と断っておかしくない状況だが、彼は自分の責務を果たしていた。
 一刻も早くバスで座らせてやりたいから取材で止めなかった僕だが、あとから「そこまでしてくれているのだから取材するべきだったか」と思い直した。どっちが良かったかは、本人に聞いていない。

 その後、点を取るようになり、月間MVPも受賞し、人気や注目度も上がり、取材の回数も激増した武藤だが、北京で見せたあの態度は1シーズンいささかも変化しなかった(もちろん、あんなケガはもうして欲しくないが)。 今季、そういう武藤らしさは変わらずにいて、活躍度は昨季の何倍もになって欲しい。そのための起爆剤として背番号9が大きな力になることを祈っている。

 でも実際の経緯が
「武藤、おまえ9番付ける気ある?」
「え、俺でいいんすか」
「いいよ」
「じゃあ、ください」
 こういう状況だったら、答えはどっちになるんだろう?

EXTRA
 ところでミックスゾーンというのは、何人もの記者がいるから、1人の選手が動線上で何度も止められることが普通だ。同じ話を聞かれても、そこは選手の仕事のうちだから応じなければならない。でもその北京で、ある選手は動線の途中で1人の記者に取材されて、それが終わると残りの距離を歩かずにその位置から戻ってしまった。他の選手に話を聞いていたので出遅れた僕は、あらためて聞こうと折り返し地点で待っていたのだが。
 これは、その選手に対して文句を言っているのではなく、武藤の律儀さを示す好対照として挙げただけだから誤解のないように。僕もそのとき「○○なら仕方ないな」と苦笑しただけだ。

(2016年1月14日)

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