Weps うち明け話 文:清尾 淳

#902

ギリギリだからこそ

 目が覚めたらテレビがつけっぱなしだった。
 画面の右上の数字は「7:20」。
 十分に暖機運転してあった車のように、即座に身体が動いた。急いで着替え、荷物をまとめ、カプセルホテルの前に停まっていたタクシーに乗ったのが7時29分。博多駅まで徒歩3分だったから地下鉄の方が早いかもしれないが、寝ている間にスマホのバッテリーが切れていたので時刻表を検索できなかった。スマホを充電してから寝る余裕があったなら、ちゃんとアラームをかけておいただろう。
 7時40分に福岡空港に着き、時間が惜しいので領収証ももらわずにタクシーを飛び出て、チェックイン機で搭乗券を出し、テキパキと手荷物検査場を通り、搭乗口についたのは7時52分。余裕で(笑)間に合った。

 不思議だった。
 いつもはアラームなしで5時半ごろには目が覚める。この日は疲れていたし、多少酒も入っていて、寝たのは深夜1時をだいぶ回っていたから、いつもの時間に起きなくても当然だ。だが、あと10分寝過ごしていたら完全に飛行機には乗れなかった。自然とギリギリ間に合う時間に目が覚めたのはどうしてだろう。
 一方、せめて20分早く、7時に目覚めていたら、顔ぐらい洗えただろうし、地下鉄で空港まで行けたはずだ。よけいなことは何もぜずに、一番早い方法で空港へ行かないと飛行機に乗れない時間にピッタリ起きたのが不思議でならない。
 
 ただ、こうも考える。基本的にものぐさなところがある僕だから、なまじ6時とか6時半に起きていたら、余裕をかまして、二度寝もしていただろう。どうしようかなどと考える時間もなく、たださっさと行動するしかない状況だったから、かえって良かったのかもしれない。
 何にしても不思議だ。

 7月2日(土)のアビスパ福岡戦。いろいろと運の良かったこともあるが、逆転勝ちできた背景には、選手たちの驚くほどの集中力があったと思う。
 1人少なくなったら、1人が1割増しで走れば、退場した仲間の分をカバーできる、という言い方も聞くが、ふだんでも全力で走っているのにそんなことをしたら、試合終了までもつまい。そして交代できるのは3人だけだ。
 この試合のレッズの選手たちは、運動量だけに頼るのではなく、ボールに寄せるときとそうでないときを、しっかり使い分けていたと思う。そのためにはボールの位置、相手の配置などを頭に入れ、的確な判断をしなくてはならない。それを可能にするのは、高い集中力だろう。
 記者席から見ていて、選手の心の中がわかるのか、と言われれば答えようもないが、この日の選手たちからは鬼気迫るような集中力を感じたのは本当のことだ。

 試合が終わった後、思った。
 ふだんから、つまり11人でもこんな試合をしていたら、どこにも負けないのではないか、と。
 しかし、こうも思った。
 10人になったからこそ、そしてアウェイとはいえ1stステージの雪辱を期して臨んだ2ndステージ開幕戦という、絶対に負けられない、いや勝点3が欲しい試合だからこそ、あの集中力が生まれたのではないか、と。
 これからの16試合、試合開始から最後の90分まで、あの集中力で戦え、というのは無理な話だろう。だが、ふだんなかなかできないことを、この試合では70分間近くやり続けた。その経験は身体が覚えているはずだ。そう考えると、あの苦しい試合を勝ち抜いたことは、浦和レッズの大きな財産になるように思う。

 僕の、あの7月3日朝の目覚めの良さとテキパキした行動が、今後に生かされるかどうかは定かでないが。

(2016年7月5日)

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