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Weps うち明け話 #1241

「一番」ということ(2025年12月30日)

 

「そうですね。浦和レッズが一番でありたいです」

 増田彩衣里の言葉に、僕の胸は少し熱くなった。

 

 1227日に、高円宮妃杯 JFA 全日本U-15女子サッカー選手権大会で、三菱重工浦和レッズレディースジュニアユースが6年ぶり8回目の優勝を果たした話(当コラム#1240「今年最後のWe are Diamonds」)の続きだ。

 

 この大会がまだ「全日本女子ユース(U-15)サッカー選手権大会」という名称で、福島県のJヴィレッジで開催されていた2008年に初優勝(当コラム#155「日本一」)してから、レッズレディースジュニアユースは5連覇を果たす。2011年から東日本大震災の影響で会場が大阪のJ-GREEN堺に替わったが、王者の座は譲らなかった。

 

 しかし2013年にまさかの1回戦負けを喫すると、4年間カップを手にできず、2017年に島田芽依たちが5年ぶりに奪還。そのころからJFAアカデミー福島としのぎを削るようになった。

 大会が夏から冬に移行し、決勝が現在の味フィ西で行われるようになったのが2020年。レッズはその年、決勝で福島にPK負けを喫した。福島がその年を含めて4年連続決勝に進出し、うち3回優勝という全盛期を迎えたのに対し、レッズは2023年まで最高でベスト4にとどまった。4年ぶりのファイナリストとなった2024年もセレッソ大阪ヤンマーガールズに敗れ、優勝はできなかった。

 優勝回数はレッズが通算7回で最多ながら、福島が5回と追い上げてきていた。女子サッカーの育成部門では老舗と言えるレッズレディースジュニアユースに対して、比較的新興ながら全国から選抜されたサッカーエリート養成機関のチームが台頭してくるのは必然とも言える。

 それでも、もちろん負けたくはない。

 

 そんな状況で迎えた今回の第30回大会。レッズレディースジュニアユースは8回目の優勝を遂げ、JFAアカデミー福島との差を広げた。

 そういえば2010年の決勝後、当時キャプテンを務めていた中村みづき(レッズレディースユースレッズレディース早稲田大学)に取材したとき、「3連覇が懸かっていたのですごく緊張した大会でした」と話していたのを思い出す。自分たちの優勝というだけでなく、先人たちが築いてきた伝統を守るという意識は、どれほど強いものなのだろうか。

 

 今回の決勝後、この日キャプテンマークを巻いた増田(キャプテンは2人体制)に質問した。

「レッズが過去7回優勝していることを知っていたか」「JFAアカデミー福島が優勝5回で迫ってきていることを知っていたか」「今回、先輩たちの実績の上に最多優勝回数を伸ばしたことを誇りに感じるか」

 彼女は、矢継ぎ早に発した質問にすべて「はい」と答え、最後に冒頭の言葉を付け加えてくれた。

 

 浦和レッズを取材して34年。試合を見ていて感動したこと、選手や監督、コーチの話に泣きそうになったことは一度や二度ではない。

 今回は、冒頭の言葉を15歳の女子が迷うことなく発してくれたことで、レッズレディースのアカデミーがしっかりと歴史を継承していることがわかっただけでなく、自分もその気持ちにもう一度立ち返り、取材者としての視点をしっかりと「一番」に据え直さなければいけないと思った。いわば、襟を正させてもらった、ということだ。

 どうやら、これが2025年の最後にレッズの選手から聞いた言葉になりそうだ。

 

第13回大会で初優勝したときのレッズレディースジュニアユース。前列左から3人目は加藤千佳(現在・三菱重工浦和レッズレディース6番)=2008年8月22日

第30回大会の表彰式で高円宮妃杯を掲げる増田(左)。右はもう1人のキャプテン、岡本遥花=2025年12月27日

 

(文:清尾 淳)