Weps うち明け話 文:清尾 淳

#944

約束

 12月21日(木)。
 第39回皇后杯全日本女子サッカー選手権準決勝で、浦和レッズレディースは日テレ・ベレーザに敗れた。
 リーグ戦では勝つこともあるが、不思議と皇后杯ではベレーザに勝てない。この日も力の差を感じさせられたが、それでも勝てることだってあるはずなのに残念、と思いながらミックスゾーンで選手を待っていた。
 すると、引き上げる途中の石原孝尚監督がこちらに気が付き、わざわざやってきてくれた。「お疲れさまでした」と握手をかわしたとき、石原監督がこう言った。
「すみません。約束守れなくて」

 約束?
 俺は監督と何か約束したっけ?
 ちょうど一週間前、ある取材でレッズランドに行ったとき、石原監督にバッタリ会い、「大阪、行きますから」と言った覚えはある。準決勝で勝ったら、決勝の24日(日)まで大阪に滞在する気ではいたが、僕はそんなとき「勝ったら決勝までいますから」と言って変なプレッシャーを掛けることはしない。というか、勝負を近くにして「勝ったら○○」と口にしたくない。横にいたクラブスタッフが「決勝までいるそうですから」と言ったのを僕との約束というふうに受け止めたのだろうか。決してそんな気はなかったのだが。

 もう1つ、思い当たることがあった。

 今年の10月7日(土)、プレナスなでしこリーグの最終節が終わった浦和駒場スタジアム。試合後のセレモニーで石原監督が挨拶に立った。メモを取りながら聞いていた僕は、ある言葉に思わず顔を上げた。
「皇后杯では必ず優勝して帰って来たいと思います」
 彼はそう言った。言い切ったのだ。
 そのことが気になって、浦和レッズレディースのことなら誰よりも詳しい、場内アナウンスの夏川延子さんをつかまえて尋ねた。
「これまでレディースの監督で、『必ず優勝します』なんて言った人いたっけ?」
 夏川さんも気が付いていたようで、即座に首を振った。
「いません」

 レディースに限らない。Jリーグのシーズンが始まる前に「タイトルを目指す」という浦和レッズの監督はいたが「必ず」という副詞を付けて「優勝する」と言い切った人はいなかった。若干物足りない気はしたが、それは仕方がないことだと思っていた。
 だが石原監督のその言葉を聞いたとき、何と心地良かったことか。
 戦うからには勝ちを目指すのは当たり前だし、それが積み重なったものが優勝だ。すなわち優勝を目指して戦うというのは大会に臨む以上当然のことだと思うから「優勝を目指します」と言われても、正直あまり感動はしない。
 しかしながら大会が始まる前に「優勝する」と宣言するのは勇気がいる。選手たちに「必ず優勝するぞ、いいな!」とハッパをかけたとしても、それを公の席でなかなか口にすることはできないだろう。

 だから「優勝します」という宣言はすごく新鮮に感じるし、そこに「必ず」が加わると快感さえ覚える。
 監督はチームを成長させ勝たせるのが仕事であり、言葉で人を感動させるのが仕事ではない。だが「優勝します」という宣言が、チームにとってマイナスにならないのなら、決意を決意としてそのまま口にしてもいいのではないかと思うのだ。
「必ず優勝する」と宣言してそれが果たせなかったとき、「オラ、優勝しなかったんだから責任取れよ」というサポーターがいるだろうか。もし、いたとしてもその責任の取り方は「次こそ必ず優勝する」という宣言をすることで、十分果たせると思う。

 だから僕は石原監督の「必ず優勝」宣言を強い決意として受け止めたし、心の底から実現して欲しいと思っていた。
 皇后杯準決勝では、久しぶりにゴール裏でカメラを構えながら、清家が終盤に1点を返した後、もう1点、もう1点と念じていた。いや、あのときの僕は、どうにかしてボールがゴールを割るとなぜか確信していた気がする。それは石原監督の、あの言葉があったからかもしれない。

「すみません」と詫びられる必要は全くない。逆に、あの言葉のおかげで最後まで信じて見守ることができた、と感謝している。
 そうか。「お疲れさまでした」ではなく、「ありがとうございました」と言うべきだった。
EXTRA
 ヤンマースタジアム長居には、天皇杯準決勝「神戸vsC大阪」のポスターも張ってあった。12月23日(土・祝)。そこにレッズの名前がないのを残念に思いながら(準決勝に進んでいたとしても会場は長居ではないかもしれないが)、違うことに強く憤った。

「そうだよな。準決勝ぐらいになれば休日にやるのが普通だよな」
 皇后杯準決勝は、浦和vsベレーザ、ジェフvsノジマ。ベスト4全てが関東のチームなのに、試合は2試合とも長居で、しかも平日。さらに第一試合は16時から。
 皇后杯は、天皇杯に比べれば人の入りは少ないかもしれない。だが、こんな日程と会場でやっているから人が来られない、とも言える。
 E-1があったから日程的に難しかったのかもしれないが、天皇杯のように上位進出チームを見て会場を決めるという方法は採れないのか。どうしてもこの日程でやるなら、関東の会場でどちらも19時から、という方法だってなくはない。浦和vsベレーザを浦和駒場か西が丘で、ジェフvsノジマをフクアリか相模原ギオン(または西が丘)でやっていたら、何人の人が応援に行けていただろうか。日程だって、天皇杯準決勝が早くなったのだから、皇后杯は24日に準決勝、29日に決勝でも良かった。

 こういう問題のとき、僕はさんざん頭の中で文句を言いつつ「でも関係者がそんなことに思い当たらないはずがない。一生懸命やりくりしても、これしか方法がなかったんだろう」と自分を納得させて、文字にはあまりしない(昔は思いつくまま不平を書いていたが)。
 しかし最近はその「性善説」に疑問を持ち始めている。特にこの皇后杯準決勝の日程については、ファン・サポーターへの斟酌や配慮の跡が見つけられないのだ。

(2017年12月25日)

  • BACK
 
ページトップへ